エピローグ

「てってれー!」とソラさんがノリノリで、工作機械の陰から何かを取り出した。


「これは、タツノ式卓上調理器・型式番号二十六号。名付けて近藤くんだ! 君が昨日、僕に担保して差し出したカセットコンロを参考に作ってみた。急ごしらえで作ったから、見た目はかっこ悪いけど、機能的には、君のものと遜色ないはずだ」


 ソラさんの高く掲げられた右手には、確かにカセットコンロらしきものが握りしめられていた。


「なんでそんなもの、たった一晩で作れるんだよ」

「まあ、コンロの部分は既存品を流用できるしね。僕が新規にアイデアを出したのは、マグネットの代わりに、ガスボンベを固定するためのレバーを作った位さ。それで、このガレージの工作機械が必要になったんだ。だから、朝早くに出て来たって訳」

「なるほど」


 ソラさんは淡々とそう言ったが、僕はちょっと感動していた。いや、見た目的にはソラさんのコンロはダメダメなんだけど、その「ボンベを固定する仕組み」を自ら考えだした事に感動したのだ。


 マグネット式になる前のカセットコンロは、大体その手のレバーが付いていて、レバーを押し下げることで、ボンベを固定していた。仕組みとしては大したことないのかもしれないが、ソラさんは当然、その旧式のタイプを見た事は無い。「必要は発明の母」とは、よく言ったものだ。


 この世界に来てから、まだ丸一日も経ってないけど、ソラさんには驚かされっぱなしだった。


「ところで、何で近藤君なの?」

「コンロと近藤を掛けたんだけど……。親しみやすくていいかなあって思ったんだけどダメかい?」

「うん、多分ダメだと思う。でも、名前以外はとても素晴らしいと思うよ」

「そっか。じゃあ、名前は君に任せるよ。ところで話を戻すけど、君はこの近藤君を、角栄の発明という事にして、きくゑさんのところに持っていくんだ」

「箱の代わりに?」

「うん、箱の代わりに」


 ソラさんが何でそんなことを言い出したのか分からなかったが、近藤君とは違い、こちらの提案の方はマジなようだった。いや、近藤君もマジだったのかもしれないけど……。


「君は未来から来たから、このカセットコンロの価値が分からないだろう。一九四六年の日本の一般家庭では、まだガスはそれほど普及してないんだ。食事を作るために火を起こすっていうのは、結構大変な作業なんだよ」

「そうなのか?」

「うん。それに、田中土建っていうのは、要するに建築屋さんだろ? 野外の作業が多くて、食事には苦労しているはずだ。でも、このコンロがあれば、いつでもお湯が沸かせるし、食事だって作れる。このコンロを量産すれば、絶対にバカ売れするよ。なにしろ、日本中の土建屋さんが、皆買ってくれるんだから」


 確かにそうかもしれない。あまりに当たり前の商品過ぎて、全然ピンと来てなかったけど、二千二十年の日本では、カセットコンロを持ってない家庭を探す方が難しいはずだ。つまり、この世界でのカセットコンロのニーズは、とんでもなくある。


「今のうちじゃ、コンロの量産は出来ない。だから、角栄の発明品という事にして、コンロの製造・販売権はきくゑさんに譲っていい。その代わり、一つ頼みたいことがある」

「なんだい」

「カセットボンベを、タツノ製作所で売らせてほしいんだ。ボンベだけなら、知り合いの業者に頼んで外注できる。ガスの充てんもこの土地なら安価で可能だ。軍の需要がなくなって先細りの計量器の代わりに、売る物が出来る。一気に会社を立て直せるよ」

「なるほど、コンロは一回売ったらおしまいだけど、ボンベは消耗品だもんな。長い目で見たら、そっちの方が商売として得だ」


 そう答えた時、昨日の疑問が一気に氷解した。


「そうか。君は最初からその積りで、僕からコンロを担保に取ったのか」

「そういう事。二百円なんかタダみたいなもんだろ? もし君が、ボクに少しでも恩を感じてくれてるなら、何とかこの話を通して来て欲しい。まずはコンロが売れないと、ボンベを売ることも出来ないからね」

「わかった。頑張って、きくゑさんに売り込んでくるよ。不格好とはいえ、とにかくモノは既にあるんだ。絶対に話を通してくる」


 このカセットコンロの補充用のボンベの販売が、僕とソラさんがこの世界で始めた最初のビジネスだった。そしてこの商品が、この世界線の三十年後の未来において、日経二二五採用銘柄となるタツノ製作所の、伝説の大ヒット商品となるのである。


(続く)


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片隅に生きる人々 伊集院アケミ @arielatom

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