第24話
俺は投げたパンを引き寄せ、袋を開けて一口食べた。そして「よし……決めた!」と、口をもごもごさせながら言った。
「……滝沢様。人とお電話なさるときに物を食されるなど、なんとお行儀の悪い!」
「いいの! 俺は腹が減ったら思考能力が著しく低下するんだよ! 朝から何にも食べてなかったんだから」
「まったく近頃の若者ときたら……」
ブツブツ言う渡邉を無視して、もう一口食べる。
「ふう、まったく近頃のおじさんときたら愚痴っぽいよな」
「なんと! 私はまだ――」
「まだ、なんだよ。何歳か絶対言わないくせに。とにかく、決めたから」
「……何をお決めに?」
俺は一呼吸おいて、ゆっくりと渡邉に告げた。
「俺は、人殺し権で小池さんを殺す」
「それで……よろしいのですね?」
「うん。俺は人殺し権を使って、小池さんを殺すよ」
ほんの少しの沈黙の後「承知いたしました」と、渡邉が落ち着いて言った。
「理由は聞かないの?」
この疑問に対して渡邉は、「はい。最初に申しましたように、理由は一切必要ございません。被試験者からのご指名がありました時点で、お相手の方の死は確定でございますので」と、淡々と答えた。
「そう……そうだったよな」
それは分かっていた。しかし、それでも聞いて欲しかった。うまく説明する自信はないが、俺の迷いや気持ちを、ただ一人話していい相手に聞いて欲しかった。
「どうかなさいましたか?」
黙りこむ俺を不審に思ったのか、渡邉が聞いてきた。
「あ、いや……考え事したら腹減っちゃって」
「お食事はお電話が終了した後に、お願いいたします」
「今パン食べちゃだめ?」
「……おやめくださいませ」
「あはは」
この何でもない会話で、ほんの少しだけ気が紛れた。ぐずぐずしてはいられない。
「さて……と、小池さんを殺すって決めたら、俺はこれからどうしたらいいんだっけ?」
「はい。殺害相手が決定いたしましたので、次に殺害方法をお選びくださいませ」
「うん。それなんだけど、明日でもいい?」
「は? 今からはお忙しゅうございますか? 滝沢様は内申書対策のためにボランティアサークルに所属してらっしゃいますが、夏休みの活動は八月後半の『24時間テレビ』の募金活動のみで、残りの日々は特にご用事がない――と、記憶しておりますが」
「なんか嫌な記憶だな、それ。まあ、渡邉さんの言うとおり忙しくはないけど、明日のテレビが見たいんだ」
「今、テレビ……とおっしゃいましたか? なんと! テレビを理由にこの手続きを延ばすと言われるのですか? ああ……なんと嘆かわしい……」
額に手をあてて、首を横に振りつつ嘆いているのだろう。
「うん、たぶん、それ誤解。テレビってのは、今日の続きが見たいんだ」
「小池様の……続きでございますか? そのお気持ちは私にも分かりますが、その前にお選びいただく訳にはまいりませんか?」
「いや、その、毒殺ってのが、どんな感じなのか見たいんだ」
渡邉は納得した様子で「なるほど、そういうことでございましたか」と言った。
「うん。どれくらい苦しむのか分かんないし、その時間と程度によっては一思いに刺殺のほうがいいのかな、とか思うし」
「承知いたしました。それでしたら、明日の正午までお待ちいたします。ゆっくり見てゆっくりお決めくださいませ」
「うん」
ということは、小池殺害決行は明日の午後以降に決まりだ。
「では、殺害方法がお決まりになられましたらお電話くださいませ。私はただいまより人殺し通知書の作成にかからせていただきます」
今度は丁寧に挨拶をしたのち、俺が先に切るのを待って渡邉は電話を切った。
「ふう……」
テレビ放送が終わってから、かなりの時間が経過していた。
ようやく俺は飲み物を取りに一階へ降りた。母親は買い物にでも出掛けたのか、姿が見えない。少しホッとして冷蔵庫からジュースを取り出して二階へ戻り、残りのパンを食べながら考える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます