第25話

 もしかしたら小池は、契約違反の処罰を受けないかもしれない。しかし、もしかしたら受けるかもしれない。現時点ではどちらの可能性もあるし、その割合も五分五分だ。

 明日、俺は小池を人殺し権で殺すことになるが、後の結果から見ると、契約違反の処分を俺がしたということになるかもしれないのだ。実行する時点では人殺し権の試験ということで小池を殺すのだが、実は契約違反を犯した小池の処分のために、手を下さざるを得なかったと後に判明するかもしれない。となると、人を殺す理由としては人殺し権を使うよりも、ずっとマシのような気がする。

 俺は、その可能性に賭けてみることにした。

 他に殺す相手が見つからない、そして刑務所や拘置所にいる犯罪者を殺していいかも決まらない。もうこの方法以外には、何も思い浮かばなかった。

「……とにかく明日だ。明日になれば全てが終わるんだ」

 何時間も掛かったが、ようやくパンを食べ終え、机に向かう。

 今日は何も考えず、普通に過ごしたい。

 少し勉強をして昼食を取り、本を読みながら二時間ほど昼寝をする。その後だらだらとゲームをして夕飯を食べ、風呂に入る。

 長い夏休みのうちの、なんでもない一日のように時間が過ぎていく。

 風呂から上がり、自分の部屋へ行く前に母親に声をかける。

「母さん、おやすみ」

 テレビを見ていた母親が振り向いて答えてくれる。

「おやすみなさい。エアコンつけっぱなしにしないようにね」

「うん」

 その顔を見ながら、心の中で思わず呟く。


 カアサン……オレ、アシタヒトヲコロスンダ


 母親が俺の顔を見て首を傾げた。

「一彦、どうかしたの? お腹痛いの?」

「……いや、なんでもない。ってか、お腹痛いって子どもじゃないんだから」

「そうね」

 母親は優しく笑った。そして「でも母さんにとって一彦は、いつまでも母さんの子どもなのよ」と、言った。俺も笑って答えた。

「そんなの当たり前だよ。大丈夫、お腹痛くないから。おやすみ」

「……おやすみ」

 部屋に入り、エアコンとテレビをつけてベッドに横になる。

 いよいよ明日だというのに、意外と落ち着いている自分に驚く。しかし、やはりそれは気のせいなのか。なかなか寝付けない。

「昼寝なんかするんじゃなかったな」

 テレビも深夜のテレビショッピングばかりになり、見る気にならず消した。

 音がしなくなると、余計なことばかり考えてしまう。

「えい、くそっ!」

 明日のことを考えたくなかった俺は、無理やり羊を数え始めた。羊が一匹、羊が――途中何度か数が分からなくなったが、千匹を超えたところまでは覚えている。

 いつの間にか俺は、この先しばらく訪れることのない深い眠りに落ちていった。


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