己が掌を見つめれば、そこには。
「私は──これから、楽しんで生きる予定なの。悔やむことはありすぎるけど……でも、それじゃ最後まで後悔になるでしょ? だから、いつかこの命がルーチェさん、エナさん、アズロとともに果てた時、私自身に誇れるような……ルーアンやシエラ姉さんと笑って再会できるような、私自身の人生をね、生きてみることにした」
瞳を閉じて語ったシェーナに続いて、ルーチェも言の葉を紡ぐ。
「私は、とりあえず健康管理して長生きだわね。私の寿命は皆の寿命……無理なんかしたら、リゲルにルーアンにシエラ、アラマンダにも怒られそうだし」
「えー、俺はルーチェさんはもっと華麗に生きて欲しいような──例えばまた俺と一緒に夫婦になってみたり、そんで俺を足蹴にしたり、痛めつけたり、こきつかったり──そう、棘のある薔薇のように!」
「お前はマゾか変態。だーかーら! あの時私がアトリスとしてお前の妻を演じてたのも演技なんだって! ヴァルドとセレスの密偵を演じながら狭間の役目を果たしてたのよ! ……って、何度言えば解る!?」
真剣な態度から一変、まさに棘のある薔薇と化したルーチェと、楽しげなイシオスを眺め、ジェイはぼそっと呟いた。
「お似合いなんだがなぁ」
「──あははっ、たしかに!」
目に涙をためて笑うレストの頭を、ジェイはポンポンと軽く叩く。
先ほどのアズロへの力業とは大違いのマイルドさだ。
「君は、よく笑うようになったな。あの二人の影響か? ある意味、君の今の両親は……迷コンビだからなぁ」
「そうですね!」
きっぱり言い切ったレストの屈託のない笑みには、シェーナもアズロも敵わないらしく。
苦笑いを浮かべた後、ふと何かを思い出したように、アズロはぽつりぽつりと話し始めた。
「いつか──ルーチェさんは言ったよね。狭間の世界は、どこでもない世界。界からはぐれた、さまよえる魂たちが行き着く場所でもあり、全ての界を統御する場所でもある、って。……それって……セレスも、そうなんじゃないかな? ……界の均衡により成り立つのが全ての秩序なら、どれが欠けても成り立たないし、界同士も噛み合わない。幾つもの偶然が世界を生んで、そして──それはきっと、必然になる」
窓の外の空を眺めて語ってから、アズロは思い切り伸びをして、今ともに居る全員の顔を、嬉しそうに眺める。
アズロにしては珍しい、影のない笑みで。
「僕らは、ここに生きている。何かが残らなくても、僕らは、確かに時の廻りの中に、存在する。……何故なら、今ここにいる皆と、今こうして、会っているから。──だけど、時折、ふと迷うこともある。そもそも僕は、迷ってばかりで。だから……たまに、遺したくもなりますよね、例えば──この家、みたいに」
ルーチェはアズロの発言に、師を思い出し微笑んだ。
遠く、近い場所を眺めるように。
「そうね……だからきっと、正解なんてないんだわ。あるのは──」
「私たち、そのもの……でしょうか?」
シェーナがまっすぐに問い掛けて、ルーチェはゆっくりと目蓋を下ろした。
今まで歩んできた道のりを、ひとつひとつ、心に描きながら。
「──ええ」
返事は、どこか哀しく、そして、途方もなく、あたたかかった。
すべてを包み抱く、世界のように。
――遠く、遠い空は。
手を伸ばしても届くことなく――
然れど。
己が掌を見つめれば、そこには。
*セレスティアル・ブルー 完*
セレスティアル・ブルー ~白い雪の中蘇るは古の世界の記憶、解けゆくは優しき封印~ 水無月 秋穂 @kosekiryou
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