***






「──ん」


「あれ……?」


「私は──」




 消えかけた自らの身体が、再びしっかりと固定されていることに気付き、三人は同時に目を開けた。


 目の前には、熟睡したイシオスを蹴り飛ばすように横になり、ぐったりしているルーチェの姿。


「ルーチェさん!?」


 駆け寄るシェーナに、身体を支えようとするアズロ。

 とりあえずルーチェの靴からイシオスを遠ざけたエナ。

 三人を眺めて、ルーチェは苦笑いした。


「……あぁ、みんな……無事で、何より。あーあ……私ったら何やってんだか……これじゃ、私こそ稀代のアホだわ……」


「と、いうと?」


「うん……ごめんね、みんな。私もさ、シア──エイシアと同じで、あんたたちセレスの民が好きなのよ。だから、つい……うっかり……生かして、しまった。界の守り人は、原則二人なのだけど……必要であれば、現地でなんとかしていいことになってる。私の血を分けることで「セレス」の干渉を受けない「狭間の協力者」として働いてもらうことを前提に──私が死なない限り、あなたたちは、消えない」


 ルーチェの顔色は蒼白で、どれだけの血が三人に流れたのかを物語っている。

 基本的に、協力者は時間をかけて協力者としてゆく仕組み。

 一人でも手を焼くそれを三人一度に行えば、下手すると術者本人が死ぬ。

 しかし、ルーチェは自らの生命力を残したまま、成功した。


「ルーチェさん……こんなことしたら」


「大丈夫よ、狭間の世界の民の寿命は桁が違う。あんたたちは、長生きしすぎる心配をなさいな。今の術式は確かに危険だったけど、成功しさえすれば、後は問題ないの。私は身体を休めればもとの体調に戻るし、そうね──寿命が、あなたたちの老衰時期と同じになったくらいよ?」


 ウィンクしたルーチェに、三人は顔を見合せる。

 なんとも言えないその表情を見やり、ルーチェはくすくすと笑みを漏らした。


「心配しないで。私はどうせ最期までセレスとともに生きて、狭間の世界には帰らずここで眠るつもりだった。あなたたちと寿命が同じになったことなんて、どうってことないわ。後は学府エスタシオンに連絡して、後任を見つけてもらうだけだもの」


「──それじゃ……ルーチェさんは」


「ええ、これからも生きるあなたたちと共に、ここで生きていくわ。寿命も同じになっちゃったことだし──そうね、一介のセレス人として」


 ふと、何かを思い出して、アズロは問いかける。


「ルーチェさん、僕は……その」


「ああ、アズロの寿命ね。セレスの解放の時点で空の民はいなくなった。だから──これからは、あんたは今の状態から普通に年を取るわ。あと、空も飛べない」


「わ……そうなんですか!」


「嬉しいの?」


「もちろんです! もう……見送らなくて、済む」


 安堵を浮かべたアズロの瞳は、どこか遠くを見つめていて。

 ルーチェは、軽く息を吐き出した。

 同感ね、とでも言うように──。

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