***




「──フィンリック学長」




 学術自治都市、エスタシオンの一角。

 学長室に入室したのは、まだ若い薬学科の学部長。


 深刻な面持ちの学部長は、目の前の──現エスタシオン学長に、無言で問いかけた。


「ああ……」


 何かを悟ったように、フィンリックは苦笑する。

 どこか面白そうなその笑みは、昔日の前学長消失騒動の記憶が鮮明に残っていたからだろうか。


「あちらの──界の一つ、セレスの件だな?」


「はい……セレスの星の安定のためとはいえ、まさか守り人が干渉するとは──。しかも、うち一人は死亡、残る一人は協力者を抱いたために、引き継ぎまでの寿命が僅か。後任はまだ見つからないというのに……」


「まあ、案ずるな。想定内さ。……あれらは、前学長の教え子だ。どこまでも自由に──動くと、思っていたよ」


 フィンリックは一瞬だけ和らいだ表情を見せ、それからすぐに、真剣そのものの顔つきで一筆を認めた。




 それを見た学部長は、我が目を疑う。


 目の前の学長は、前学長と違ってとても真面目で冷静で、規律を何より重んじる──


 そんな学長が、これを書いたなんて、誰が信じられようか。




『エスタシオン学長、フィンリック・ルシェードは、フィンリック・ルシェードをセレス界守り人の後任と此処に認定する。任期は無期限。学長空席時の慣例に従い、学長後任を現薬学部長、ユリス・フィラデルに任ずる』




 学部長は、何度も書状を読み返してから、蚊の鳴くような声で呟いた。




「──有り得ない」






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