第八章 至高の守護よ青になれ

 第八章

 至高の守護よ青になれ




 崩壊した天井から、灰色の雲が見える。

 轟く雷鳴、鋭利な氷が降りしきる。


 刃の雨が止んで、一度静けさを取り戻した大地には、再び動揺が広がっていた。

 切れ間が塞がった雲から降りだした凶器は、恐怖の音を伝導させてしまう。


「まずいな……うつわに地上からの不安も流れ始めてる」


 割れそうな器を両手で庇うように、アズロは優しく、器機ききに語りかけた。


「──久しぶりだね、我が愛機。あれから何千年、経ったかな……。君は、また僕に出会うと、予想したかい?」


 亡きリゲルの指先から伝わったのは、地の民の記憶ではなく──

 彼が持っていた、イシティリオという青年の記憶だった。


 古代大戦の時代に生きた、青年の記憶……

 東西の軍に分かれて相対してしまった、大切な幼なじみの巫女への、想い。


 そして、イシティリオの能力は──僕の、アズロの中にあったんだ。


 イシティリオの記憶を持って生まれたリゲル。

 彼と真逆の力導器機りきどうききの使い方を試そうとしている僕は、愚かなのだろう。


 リゲルには、計算があった。

 僕には──無い。


 もっとも、今は、考える余裕もない。


 だから、決めた。

 感じるままに、僕は──選ぶ。


「このまま君を解放する手段も、あるね。君はまっすぐ一直線に大地に唸り……威力による破壊は起きるだろうけど、大多数は助かるはずだ。だけど、助からない人も出る。君の軌道上に位置する一部の人間。……だから」


 アズロは、新たな照準を合わせなかった。

 リゲルが自らに向けたままになっている照準をそのままに、小さく微笑む。


「今度こそ、終わりにしよう? アディ、長いこと、守ってくれてありがとう。元に戻そう……君が庇護した、大地を、空を……」


 いつだったか、二人で決めたパスワード。

 あたたかな想いが広がるようにと自らが生んだ想いの伝達の力導器機いとしご、その名前は、二人の好きな故郷の空に似た、優しい薄水色。


 停止と、解放のコード。


「セレ──」

「待った!!」


「──シェーナ……さん?」


 瞳を閉じて言葉を紡ごうとした瞬間、背後から手に手を重ねられた。

 馴染んだそのぬくもりは、「アズロ」の大切な少女。


 そして──


「リオ!」


「シェーナさん──いや、アディ……? どうして……?」


「思い出したの、全部。リオが私を突き放したあの瞬間、あなたの死を思い出した。……もう、間に合わないのはいやだ」


「アディ……でも」


「──バカズロアホズロアホリオ!」


「はいっ、うん、えっ?」


「……どっかに書いてあったわ。一人でできないことも、二人ならできるかも、って。つまり、あんたがそれを制御できるなら、私はそれをさらに方向付けられるかも、ってことよ」


 紫の短髪の少女は、深い藍色の瞳で、海の青の瞳を見据えた。


 海の青の瞳は、藍に和らぐ。


「──後悔は?」

「言われずとも」


「そう。じゃあ──ありがとう、アディ。また逢えてよかった、あの時はごめん。そして、さよなら。それから──ありがとう、シェーナさん。僕は──アズロ・ラナンキュラスは、君が好きでした……と、今気付きました」


「──バカね、リオ。あなたは立派な機工技師きこうぎしだったわ。そしてアズロ、私……まだ本名を言ってなかったわね。シェーナ──クリシュナ・シェエラザードは、ずっとアズロが好きだったわよ。また、いつか、どこかで」




 ──淡い、淡い、光が煌めく。


 発せられた展開コードは、既存のものに上書きされた新しい色の名前。

 いつかアラマンダがくれた、鮮やかな空の色。

 今隣にいる大切な人が呼んでくれる、本名。


「統制コード変換。音声認識完了後、経路作動開始せよ。セレスティアル・ブルー改め──アズロ・ブルー!」




 ──目映いのか、柔らかいのかわからないその強い強い光は、正規の照準ではなく、万一の時のためにと常備され定められた逆噴射照準へと、寸分の狂いなく発射された。




 シェーナとアズロの身体を──貫く。




 白い白い閃光が、全てを──





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