第16話 心の拠り所




 砂浜まで戻ってきて、辺りを見回した。

 やっぱり拠点ベースはこの浜辺付近がいいかな。船が通った時すぐわかるし。岩場の方が見通しが効くけど、あの辺は日差しがきつそうだ。ああ、船が通るとき目印になるものがあれば気付きやすいか? それはおいおい考えるとして。


 何にしてもまずは飲み水。次に食料の確保だ。


 自分が島の中央を突っ切ってみて探そう。トウコちゃんには任せられない。知識や目星がつくか――というよりも単純に危険だからだ。ハチやヘビとかに遭遇したり、草木で切り傷や擦り傷、なんてのも避けたい。余計な体力の消耗はそのまま命取りになる。治せる薬や手当は出来ないんだから。


「トウコちゃん。今から言うことをやって欲しいんだけど」

「いいよ。なに?」

「さっき見つけてくれたペットボトル。あと他に何か役に立ちそうなものがあったら……持って来て欲しいんだ。自分はその間、島のまんなかに何があるか行って探索してみるよ」

「分かった。ここに運べばいいの?」


 トウコちゃんに岩続きの場所、一番波風でえぐれている部分を指差す。

 拠点にするにはおあつらえ向きな、天然のスペースが空いている。


「あそこに運んでおいたら休んでて。ほら穴とまでは行かないけど日差しは入ってこないし、過ごしやすいと思う」

「ハル。ほかにやることは?」

「ほかに? そうだね……ええっと、その辺に枯れた草や花の茎が落ちてるだろう? それを拾って集めておいて欲しいかな」

「たくさんありますが、集めてどうするの? 燃やす?」

「ん、助けが来るまで、ここで待たなくちゃいけない。それまでじっとできる、休める場所を作っておく。岩に座ったり横になってると、尖ってて、痛いから……」

「クッションとか、おふとんにするってことですか」

「そうそう。まあ、日差しが隠れてるときにちょこちょこやればいいよ。後で自分も手伝うし」


 返事を聞くまでもなく、トウコちゃんのやる気は満ち満ちているようだ……いまだに自分に対する恩返しというのは続いているらしい。溺れてるところを助けてくれたんだから、むしろ俺が何かしてあげなきゃいけない気もするんだけど。


 走ったりしないように、と念を押してから砂浜の中央、木が生い茂っている部分をかき分けて進む。

 自分やトウコちゃんの歩いた砂浜と岩場、危なそうな箇所はあの崖くらいで、あとは歩いてくのはそう難しくない。まあ無人島だってもう分かったし、岩場には基本近付かない方がいいかな。足を滑らせでもしたら大変だ。


 ……湧き水とか果物は成っていない。砂浜に近いからか、塩に強い植物の群生が目立つ。地面を掘ったって水はでないだろう。慎重に目星をしながら歩いていくと、すぐに木の密集地帯から抜けて開けた場所に出た。


「あとは崖のとこまで原っぱ、ゆるやかな丘か……」


 原っぱと言っても、草がぼうぼうに伸びて視界はかなり悪い。シャツを着といた方がいいな。進むとちくちく痛そうだ。

 この草の朝つゆを集められないか? 島だから塩分がきついかもしれないが、タオルを使って明日試してみよう。


 思いつく限りの果物や木の実を探したが見当たらない。

 夏真っ盛りなのと……海に近いからか……あるいは両方?

 考えろ。草木は生い茂っているんだ。まったくの不毛の地じゃない。土に水は含まれている。アイデアがあればいい。その恩恵を得る方法を――


 飲み水確保の糸口さえつかめないまま島の中央を横切ってしまった。視線を落とすと、トウコちゃんの登っていた崖が見えた。きれいな海も相まって絶景と言える。あいにく今は足元がぐらつきそうな不安しか覚えないが。


「ああ、父さん……母さん。澪……」


 死ぬ。

 少なくとも救助が来るまで、水が無いなら。


 どうしたらいい? 考えても分からないんです。教えてください。

 みんなの所へ帰るには……


 もし助けが来なかったら。帰れなくなったら。

 家族は涙を我慢するけど、兄さんはバカみたいに泣くだろうな。

 わんわん泣いて、次に母さんが泣く。それを見て澪も泣くんだ。そして父さんは誰もいない所で悲しみをこらえる。そのイメージが拒んでも浮かんでしまう。


 ……諦めるか? 


 もう後は岩続きの穴にこもって、ただじっと待つ?

 闇雲に動いても、体力を削りノドが乾くだけ。


 がんばって、がんばって。何から何まで尽くしてもダメな時だってある。親友とその家族が毎日世話した野菜やいちごだって、台風じゃビニールハウスごと吹き飛んだ。知り合いで亡くなった人もいる。魚を加工するうちの納屋は村総出で補強したのにあっけなくぶっ壊され……骨組みしか残らなかった。


 諦めないってことが、目的にしがみ付き次のチャンスを曇らせる結果を生んだりもする。そんな光景を、俺は琴吹で何度も何度も見てきた。

 ダメならやるな。意味の無いことはしない方がいい。頑張らない方がいい……なら、いまは? 俺はやるだけやったのか? 


「まだダメじゃない。これくらいどうってことない……!」


 振り返って、原っぱに戻る。長い草をかき分けながら進んでいく。

 ……水を探せ。あるいは水分を。葉っぱや茎にかじり付いてでも生き延びるんだ。トウコちゃんもいる。ぜったい二人で不老ヶ谷へ戻れるようにしろ。巳海さんだって心配してるぞ。


 春先の……婆ちゃんの葬式で田舎に来たとき。山菜取りをしたことがある。兄さんが面倒くさがる俺や澪をなだめて、無理矢理って方が合ってるが。


 取ったのはゼンマイ、ツワ、フキ。

 兄さんはなんでわかるのかってくらい山に詳しかった。琴吹の友だちと山や海で遊び惚けていたからだなたぶん。そして――


《ノド乾いたか澪? これかじってみろ……いや、そんな眼で見るなよ!? これは虎杖イタドリって言ってな。じいちゃんやばあちゃんが子どもの頃、山で疲れた時、これをチューチュー吸ってたって話だ。ま、騙されたと思って噛んでみたらいい》


「イタドリだ……兄貴。でもこれ、育ちすぎてるな」


 原っぱの一区画で、イタドリの群生地を見つけた。

 竹みたいな節に赤い斑点のある緑。葉っぱの形も間違いない。

 でも大きすぎる。柔い茎が、もう木の枝みたいになってて……かじっても歯が立たない。拠点のベッドやクッションには適しているけど、水分を摂るのは難しそうだ。


 どこか、まだ成長しきってないイタドリはないか。

 兄さんの余計な雑学は、受験とかテストとか少しも役に立たなかったけど。いま価値が急上昇してるよ。兄さんの株も。


 山菜取りの要領を思いだし、群生地から日陰へ回る。

 そして岩と木のちょうどすき間に、小さなイタドリが生えていた。茎の空洞に水分をたっぷりため込んでいるのが、触ってみて分かる。 


「やった……これで助かるぞ! 太陽にあまり当たらなかったのかな? 木がうまく影になって……あれ?」


 木の方を見上げると、何か引っかかっていた。

 浜でよく使うパラソルだ。その布の部分だけが木々の枝にコウモリみたくへばりついている。7月あたりどこかの台風で飛ばされてきたのかもしれない。……日差し避けに使えるか? そうでなくても、イタドリを運ぶのにはぴったりだ。

 来た時は下ばかり向いていて気付かなかった。今も粘り強く山菜を探していなかったら、きっと見逃していたに違いない。


 とにかくパラソルの布を引き剥がして……イタドリの収穫だ!

 




 サンキュー兄さん。

 あの時も、婆ちゃんが死んで落ち込んでた俺たちを強引に誘ったんだろ? 後先考えない言葉も行動も、兄さんなりの動機はちゃんとあったんだよな。

 助かったぜ。今回も。お礼は戻ったら言うことにする。



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