13駅目 信濃町

 チョークを持つ手にすら色気を感じる。お昼休憩後には心地よすぎるほどの低い声とテンポで西原教授は講義を進める。広い教室の中で起きているのは私だけなのではないか。だとすれば、教授は私のためだけに講義をしてくれていることになる。そんな都合のいい妄想を繰り返す。


 講義が終わると、早速質問があるフリをして教授の元へ向かう。数少ない自分のファンに教授はハニカミ、楽しげに質問に応える。1つの質問が終わると、また質問を投げかける。それを繰り返していくと、毎回教授は「続きは研究室でお答えしましょう。」と招いてくれるのを私は知っていた。


 いつも通り研究室で2人、コーヒーを飲みながら今日の講義内容について話し合う。

「三嶋さんは本当に宗教学がお好きなのですね。」と教授は嬉しそうに言うが、私が好きなのは西原教授だ。そんなことも知らずに彼は話を続けた。


「三嶋さんはよく講義を聞いて、僕がおすすめした本を読んでくれている。それに加えてその場に自ら足を運んだことはありますか?」


 全くなかった。が、教授ともっと話ができるならばどこにだって行ける、と思う。


「いえ、まだありません。」

「そうであれば、神社やお寺を数件見てらっしゃい。そして、これは僕のわがままだけれど短くていいからレポートを出してくれないか。君の書く日本語は美しいからつい読みたくなってしまうのです。優秀な僕の教え子の君ならきっといい発見してくると思うよ。」


 胸が高なる。教授は私の気持ちに気づいているのかもしれない。早速次の休みに出向くことを決めた。


 私が選んだ街は、信濃町。この街にはお寺や神社が多く立ち並んでいる。一気に見て回ることが出来そうだ。


 駅を降りた瞬間から空気感が違う。どこか厳かな気持ちになりつつ、目に付いた神社仏閣に入り、気になる点はメモをとる。

 少し駅から離れた1つの神社に人だかりが出来ていた。何事かと思い覗いてみると、大ヒットしたアニメ映画の舞台になった場所であった。

 また少し歩くと小さいがとても綺麗な神社とお寺が向かい合わせになっている通りがあった。女性が多く、皆必死にお参りをしている。


 気付くと半日が経っていて、足早に駅に向かう。長居するには少し神々し過ぎるのだ。


 早速帰ってレポートをまとめる。教授が望むような文章に仕上がるだろうか。


 次の講義の後、案の定教授は私を研究室に招き入れた。そして、レポートをその場で静かに読み進める。時計の針が動く音と時折コーヒーを啜る音が響くだけで、とても静かな空間に緊張する。早く期待している言葉が聞きたいが、この時間が続いて欲しい気もする。


「やはり、三嶋さんの書く日本語は綺麗だ。」

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