第12話:頼むから寝かせてくれ

 美九の言葉を信じ、通学路を逆走した俺は、ほどなくして天田の姿を認めた。


 そこは、天田が唐突にキス魔になり、俺が天田を抱え上げた場所だった。

 天田は、俺の記憶以上に正確にその場所に立ち、肩を震わせて泣いていた。

 そんな天田に、俺は何を言えばいいか分からなかった。


「……天田」


 結局、うめくように名前を呼ぶだけ。


「……なんだよ」


 振り返った天田が見せた顔は、俺にもはっきりとわかる拒絶の表情で。

 だから。


「……10秒、そこを動くな。そのあとは何してくれても構わない」


「は?」


 俺は天田の懐まで踏み込み、勢い任せに天田の唇に自分の唇を重ねた。

 1秒と立たず、天田は俺を突き飛ばし。


「なっ、何やってんだお前!」


 予想通り、混乱していた。

 今しかない。俺が弱音を吐けるチャンスは。


「俺は恋愛って奴が嫌いだ。お袋と妹があんなんだからな。だから、天田、お前が俺にどういう感情を向けているか、認識したくなかった」


 まくしたてるように吐き出す。


「そうだろうな。それでもオレは……お前が好きなんだよ!」


 俺の自分勝手極まる白状に、天田は正面から殴り返すように切り込んできた。


「ああ。そうだな。だから、開き直ることにした」


「は?」


 俺の返答は、再度天田を困惑させたようだ。


「それでも天田は、お前は、俺が心地よく一緒にいられるたった一人の友人なんだ。そいつが俺に彼氏らしく振舞えっていうなら……やってやる」


「なんだよ、それ。こんだけやってお友達宣言かよ」


 天田の怒りは尤もだ。俺は、彼氏らしく振舞うとは言ったが、自分の感情は述べていない。


「すまん。これが、今の俺が差し出せる限界だ」


 だから、あとは頭を下げるしかない。

 殴るなり蹴るなり好きにしてもらうしかない。


 だが、いつまでたっても望んだ痛みは訪れなかった。


 数分して、下げたままの俺の頭に触れたのは、ぽん、と優しく手を置く感覚で。


「ったく、そんなこと言われたら、何も言えねえじゃねえかよ」


 そう言いながら、天田は俺の腕に自分の腕を絡めて下げたままの俺の上体を引き上げた。


「ほら、彼氏らしくエスコートしろ」


 急にそんなことを言われても困る。だが。


「善処する」


 俺自身の恋愛への嫌悪感は横において、天田の望みに応えると決めたからには、全力でそれに挑むだけだ。




 それから俺の両親や天田の父親に怒られるやら祝福されるやらの大騒ぎを食らい、天田や美九に感情論でフルボッコにされ、結局俺は、しばらく眠れなかった。


 全く、俺は何のために家出したんだか。

 頼むから、寝かせてくれ。


 完

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母さんが父さんを好きすぎて俺の睡眠時間がマッハ 七篠透 @7shino10ru

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