8. これが聖女の力か! 想像してたけどすごいね……

「なんであいつは、こんな面白い子を手放したんだろうね……」


 ポツリとデューク殿下が呟きました。


「僕なら絶対に逃がさないのに」


 こちらを熱心に見ながら、そんな言葉を言わないで欲しいものです。

 一歩間違えたら、熱烈なプロポーズと勘違いされそうな言葉ですよ。

 なんとも恥ずかしくなるような言葉を、平気な顔で……。


「ヴォン殿下とイリアは、互いを好きあってましたから。

 大した魔力も持たない私より、あの子の方が良かったんでしょう」


 すました顔でそう返します。


 イリアは、魔法のエキスパートでした。

 根っこから腐ってる令嬢ではありますが、その魔法の才能だけは認めないわけにはいきません。


「そんなこと。魔力なんて些細な問題だろう?

 君には聖女の力がある」


 聖女、縁遠そうな言葉です。

 心当たりが全くないので聞き違えかと無視していましたが……


「聖女の力というのは、伝説の大聖女の生まれ変わりだけが宿す……奇跡の力でしたか?

 恥ずかしながら、私は魔力不足で満足に魔法も発動できないです。

 そんな偉大な力が、宿ってるはずがないじゃありませんか?」


「……冗談で言ってるんじゃないよね?」

「そちらこそ……」


 ――うっそでしょ、兄上……


 啞然あぜんとした表情で、空を仰ぐデューク殿下。


「いいかい、よく聞いて」


 真剣な表情でこちらに向き直ると、デューク殿下は聖女の力について説明を始めました。


 曰く、普通の魔法とは違って"人から譲り受けた魔力"を利用して、祈りの力で様々な現象を起こすのが「聖女」の魔法だとのこと。

 曰く、仕組みが通常の魔法と違うので、聖女が魔法をまったく使えないのは当然だとのこと。


「今更、そんなことを言われてもピンと来ませんよ。

 やっぱり人違いだと思いますよ?」


 役立たずの烙印とともに、パーティーを追放された私です。

 あまりに非現実的な『聖女』の話を前に、どうしても否定から入ってしまいます。


「ちょっと、これを持ってみて?」


 否定を繰り返す私に、デューク殿下はキラキラ輝く宝石を渡してきました。

 瞳と同じエメラルドグリーンの輝き。

 私は宝石をそっと手のひらにのせると、首をかしげてデューク殿下を見つめました。


「それには、僕の魔力が込めてある」

「……私が聖女なら、この魔力を使って力を行使できるはず。

 そういうことですか?」


 自信満々にうなずくデューク殿下、その自信が羨ましいです。


 私は、そっと宝石に込められた魔力を探ります。


 ――うん、量は微弱だけど透き通って癖のない魔力


 宝石に込められた魔力は微弱です。

 でも、私はパーティーを追放されるレベルの少ない魔力しか持っていなかった身。

 これでも少ない魔力をやりくりするのは得意です!


 ……魔力が少ないからこそ、効率を極限まで追求する必要がありましたからね。


「魔力が馴染まなかったらごめんね。

 その魔力を使って……う~ん。バフ、なんて言っても通じないかな。

 僕が朝食を取ってこられるよう、無事に帰ってこられるよう……応援してくれない?」


「分かりました」


 魔力で応援、どういうことでしょうか?

 ……なんとも抽象的なことをおっしゃいますね。


 どうせ、聖女の力なんて振るえるとも思えません。

 なかばやけくそのように宝石を握りしめると


 ――明日の朝食はあなたにかかっています! 頑張ってください、変人殿下!


 そう祈りを込めて、宝玉に押し込められた魔力を解き放ちます。


 優しくマイペース、そんな殿下らしい色を纏った魔力。

 1片の魔力も無駄にしないように。

 



 ふわっと優しい光がデューク殿下を包みました。


 他人から魔力を譲り受けて力を行使。

 まさか成功したとでも言うのでしょうか?


「どうですか?」

「これが聖女の力か!

 いやいや、想像してたけどすごいね……」


 しみじみと呟くデューク殿下。

 成功したというのなら、内心では私も驚きえひっくり返りそうでした。


 通常、他人の魔力を使って魔法を行使するのは不可能と言われています。

 そうでなければ、私も魔法がほとんど使えず『役立たず』の烙印を押されることはなかったでしょう。


「あ、宝石が少し濁ってます…。

 ごめんなさい、魔力使いすぎたかもしれません」


 いくら聖女の力が使えたっぽい、といっても自信満々とは行きません。

 どれほどの効果が出ているのかは不明。

 そのくせ、込められた魔力は目に見える形で減っています。


「あ、大丈夫。

 鍋の火付けに使った余りものだから」

「そんなことに、こんな貴重そうな宝石を使わないでくださいよ……」

「大丈夫、何度でも使えるから」


 そうですか。

 もう突っ込む元気もありません。


「ということは――?」

「想像以上の効率だ。最高といっても良いよ。

 うん、体がとても軽やかだ。羽が生えたように軽い気がする」


 よく分かりませんが、デューク殿下が喜んでいるので「成功」と言ってよいだけの効果はあるのでしょう。

 なんということでしょう、私は聖女だったようです。

 



「あまりに調子が良い。ちょっとひと狩り行ってこようかな」

「い、今からですか? 夜の森は危ないですよ」


「なに、心配してくれるの?」

「おもに自分の身を心配しています。……ここに居てください」


 ふと、こんなわがままを言ってしまいました。

 

 心細いものなんですね。

 1人で森の中で夜を過ごすというのは。

 ここで、デューク殿下と会わなかったらそんな感情は抱かなかったでしょう。


「君の口からそんな言葉が飛び出すとはね。

 大丈夫、ちゃんとここにいるよ」


 この人との会話はこんなに気楽です。

 思い返せば元のパーティーメンバーとは、こんな穏やかな時を過ごした覚えがありません。


「お休み」


 その言葉を最後に、私の意識は闇の中に沈んでいきました。

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