7. 正体を明かしていたら、こんな態度は取ってくれなかっただろう?

 フォルティナ・デューク。

 それが『変人殿下』の名を欲しいままにする、我が国の第二王子の名前でした。


「気分的には初対面ですよ……。

 ダンスパーティーで会ったときは、ずいぶんと上手に猫を被っていらっしゃったのですね?」


 デューク殿下の呼び名が『変人殿下』で定着したのは……やっぱりあの時でしょうか。

 私は、3年前のとある事件を思い返します。 


 事件の始まりは、王都に『国境南部にモンスターの集団が侵攻してきている』との知らせが入ったことでした。

 それから、お城は上から下への大騒ぎだったので非常に印象的でした。

 その事件を解決したのが、なぜか"お忍び"で国境南部に滞在していたデューク殿下だったのです。


 好き好んで、国境沿いまで出かけるフットワークの軽さ。

 その理由も理解不能で『行きつけの料理屋があったから』なんていう冗談みたいなもの。

 モンスターの集団を現地で退けた、という冗談みたいな功績を上げつつも、貴族界で取り上げられたのはデューク殿下の変わり者としか言いようのない行動についてでした。


 


「ダンスパーティーで猫を被るのは、当たり前だよ。

 国の開く行事だ。それなりの体裁は整えるさ」

「……その、それっぽく振舞う能力。

 是非ともヴォン殿下にも渡してあげてください」


 やや呆れたように答えるのは私。

 そういえばヴォン殿下は、婚約者である私を放り出してイリアとダンスに興じていましたね……少しは、取り繕って欲しいものです。


「これまでの道は、全部自分で選び取ってきたとか言ってませんでしたか?

 思いっきり、城に飼いならされてるじゃないですか……」


「最低限の義務は果たしてるからこそ、ここまで自由に出来てるんだ。

 僕は割と疎まれてるからね。下手するとお城に幽閉されかねないし……」


 ふと浮かんだ突っ込みに、割と怖い返しをしながら

 

「まあ、そんなこんなでよろしく頼むよ」


 デューク殿下は、いたずらに成功したような顔で笑ってみせました。




◇◆◇◆◇◆


 デューク殿下の正体が分かった今。

 ふとこれまでの会話が脳内にフラッシュバックしました。

 

「これまでの無礼をお許しください、デューク殿下」


 ササッと謝ります。


「今更、そんな言葉遣いをされても違和感しかないよ。

 いっそ普段みたいに『変人殿下』とでも、気楽に読んでくれて構わない」


 ――まるで私が、影で変人殿下呼びしていたみたいじゃないですか!?


「不敬罪で捕まりたくないので却下です。

 でも……なんで正体を隠していらっしゃったのですか?」

「面白かったからね」


 へえ、思わず半眼になりました。


「なるほど。『変人殿下』の異名は伊達だてではないですね」

「そう怒らないでよ」


 まるで会話のペースを掴めません。

 会話のペースを掴めないばかりか……


「正体を明かしていたら、こんな態度は取ってくれなかっただろう?」


 ――ヴォンですら知らない君の素顔が見られたようで、少し嬉しかったんだ


 なんてことを、そんな大真面目な顔で言うんですか!?

 わざとですかね、からかっているんですかね?


 ……なんか、手玉に取られてます。



 こほん。

 ええ、誰にも見せたことのない一面を晒してしまったことは、間違いありません。

 そして、それは貴族令嬢としては間違いなく醜態と言えるようなものでした。


 それを好意的にとらえてくれるとは、さすが変人殿下。


 ……というか、素顔→鍋を馬鹿食いってことですよね。

 なにか馬鹿にされてませんか?


「……素顔ではないですよ」

「え?」

「お腹が空いていただけです。

 いわば異常事態です。本当の私は別ですよ!」


 ――え、そこ!?


 なぜか驚かれました。

 これ以上は何を話しても、ずぶずぶと深みにはまっていく予感がします。


「何が面白いんですか!?」


 それは、照れ隠しとちょっとした意地。

 反射的に続ける特に意味のない言葉。

 

「ふふっ。そういうところだよ

 模範的な貴族令嬢はムキにならない。

 おしとやかに笑って受け流す」


 もういいですよ。

 拗ねた私にできることは、ただデューク殿下を半眼で眺めることだけでした。

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