9. さすがは聖女様の祈りの力だね

「起きて、起きて」


 ゆさゆさ。

 揺すられる感触で、うっすら目を開けました。

 いつの間にか太陽が登っていました。


 ここは――?


「デューク殿下!」


 バッと飛び起きました。

 まさか、モンスターはびこる森の中でここまで熟睡していまうなんて……。

 不覚です。


「少し離れた場所で、モンスターの気配と……パーティーの気配。

 襲われてるみたいだね」


「遠征の最中ですし。

 モンスターと接触したら、戦うのは当然なんじゃないですか?」


 眠気でやや頭がぼーっとしていますが、そう返します。

 デューク殿下は「それはそうなんだけど」と考え込むと


「2人倒れてるみたいだ。

 まともに戦えそうなのが、あと1人しかいない。

 

 ――少々やばいかもしれない」


 そう補足してきました。

 見の安全だけを考えるなら、ここに留まるべきなのかもしれませんが……。


「どうしますか?」


 否、自分の身のみを可愛がるような生き方は貴族令嬢として相応しくありません。

 いいえ、違いますね……。


 私のことを起こしたのです。

 デューク殿下は、きっと助けに行くことを既に決断しているのでしょう。


 ならば……私は、その足かせにはなりたくない。

 そして、できることなら……。


 ――この力で手助けがしたい。


 自然とそう思いました。


「もちろん、助けに行くんでしょう?」

「モンスターと戦いになるかもしれませんよ。本当に良いですか?」

「はい、その代わり。ちゃんと守ってくださいね?」


 ――あたりまえ。


 返ってきたのはそんな頼もしい応え。


「じゃあ、向かうよ。背中に捕まって?」


 え……?

 なるほど、言われてみれば当然ですね。

 おんぶで移動?


 こほん。

 そんなこと、意識している場合ではありませんね。


「それともお姫様だっこが良い?」

「結構です!」


 背中にジャンプで飛び乗ります。


「着いたら全滅したパーティーが待っているとか嫌ですよ。

 早く向かいましょう!」


 それから大声で出発を所望。

 照れを隠すように。

 デューク殿下が面白がるように笑ったのは、見なかったことにしておきましょう。




◇◆◇◆◇◆


「な、貴様は……!」


 モンスターとパーティーが戦っていると言われている場所。

 向かった先にいたのはヴォン殿下のパーティーでした。


 立っているのはヴォン殿下1人。

 その背後には腰が抜けたのかへたりこんでいるイリア。

 ロキとジークは満身創痍で、地面に突っ伏しています。

 

「おまえの仕業だったのか……!?」

「助けにきたつもりでしたが、必要ありませんでしたか?」


 イリアを背中に庇うように、モンスターに武器を向けています。

 相手は……ドラゴン。

 その巨体を相手に、殿下の操る剣はあまりにちっぽけなものでした。


「おまえがモンスターを呼び寄せたのだな!

 復讐のつもりか?」

「そんなわけないでしょう……」


 あんな言いがかりをつけるとは、まだまだ元気がありそうですね。

 全力で見捨てたい。


 ……ですけれど、そういうわけにもいかないですよね。

 私はデューク殿下の背中から降りると


 ――お願い、治して


 そんな祈りとともに宝石を胸に抱きました。

  

 そして怪我が治ったなら戦って、という本音。

 なぜこんな森にいるのか分からないけれど、相手はドラゴン。

 モンスターの中でも危険ランクは最高に位置付けられている相手です。


 ――デューク殿下だけでは厳しいかもしれない



「なっ――」

「傷が治っていく……!?」


 驚いた声を上げるロキとジーク。

 曖昧な祈りでしたが、きちんと効果が発揮されたようで一安心です。

 

「さすがは聖女様の祈りの力だね。

 びっくりしたよ、あれだけの傷を一瞬で治すなんて」


 デューク殿下が、そう声をかけてきました。


 私もびっくりです。

 高位の回復魔法でも、こうはいかないでしょう。

 聖女の魔法、どうやら想像以上のものかもしれません。


「な? 聖女だと!?」


 ――それにデューク、なぜ貴様がここに!?


 ヴォン殿下は、驚愕の表情を浮かべます。


「僕だって遠征ぐらい参加しますよ。

 モンスターに襲われていそうなパーティーを発見したから、助けに来てみただけですよ」

「そいつが聖女だと? 何かの間違いだろ!?」


 憎々しげな表情で、こちらを浮かべてくるヴォン殿下ですが……

 ふと何かを考え込むような仕草を見せると


「マリアンヌ。

 パーティーからはぐれてしまってみんな心配していたよ。

 君のことは、ずっと心配していたよ」


 奇妙な笑みを浮かべて、猫なで声でそう私にささやきかけました。

 その態度には、ふつふつと静かな怒りが湧いてきます。


 ――あれだけのことをしておいて


 その一言だけで、すべてをなかったことにできると思っているのでしょうか?

 出てきたのはとげとげしく、空気を凍らせるような冷たい声色。


「白々しいですね。

 あなたが何をしたのか、忘れてわけではないでしょう?」

「誤解だよ、愛しのマリアンヌ。

 こうして再開できたことを神に感謝」


 身振り手振りで、再開を喜んでいることを表すヴォン殿下。

 そんな元婚約者の行動は、何一つとして私の心を動かすことはありませんでした。


 聖女の力を持っていることが分かっただけで。

 そこまで綺麗に手のひらを返しますか。

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