第15話 祭壇の代償


 なのにクソっ! ちょうど無敵モードが切れた状態で死体が見つかっちまった。

 まずは逃げ出そう、祭壇生贄を捧げるのはその後だ。

 そう考えて逃げ出したが、警察の尾行を振り切れず、獲物を捕らえる事が出来なかった。そうこうするうちに証拠が集まって警察が踏み込んで来やがった。

 そうしてこのザマだ。

 もう実刑は免れないだろう。なにせあまりに殺しすぎた。

 せめてもうちょっと早めに生贄を捧げるんだったぜ。



「くそったれが! ……ん?」



 俺が悪態をついた瞬間、妙にぞわぞわした感覚が追ってきて身震いする。

 なんだぁ? 急に寒くなってきたぞ。

 しかも妙に薄暗い……もう時刻は夕方のはずなんだが電気はつかないのか?

 俺が留置場の外を覗こうとすると、背後から気味の悪い唸り声が聞こえてきた。

 不愉快な音声の塊を無理やり人の声にしたようにも聞こえる。

 思考を遮った不快な音に、思わず眉間にしわが寄る。


「なんだぁ?」



 視線を向けると、留置場の隅から黒い影が複数立ち昇っていた。

 見ているだけで言葉に出来ない怖気が奔る。


「は……? ちょ、おま……」



 お前なんだ、と言おうとしたが恐怖で言葉にならない。

 まさかこれが幽霊という奴か? 馬鹿な! 幽霊なんているはずがない!

 自分を奮い立たせようとするが、俺の体は恐怖で震えて動けず、腰が抜けて尻もちをついてしまう。助けを呼びたいのに声も出せない状態だ。



 そんな俺に向かって女性らしいフォルムをしたそれは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。一人二人ではない。

 十数人はいるであろうその集団に、俺は恐怖を覚えた。

 本能的に身の危険を感じ取ってすぐに立ち上がって逃げようとするが、足が動かないことに気づく。

 よく見ると俺の両足が影から出た腕で鷲掴みにされていた。



『――く、……て』


 な、なんだこれ!? 何か言っているようだが聞き取れないぞ!?

 俺は必死に腕を外そうとするが、そもそも黒い影に触れない。

 そんな疑問を抱いていると、いつの間にか目の前まで迫って来た黒い影たちが口を開く。そこから出てきた声に葛森は戦慄した。



『――返して……肉、返して』



 その言葉を聞いた瞬間、葛森の脳裏に走馬灯のように記憶が蘇る。

 そうだ、これはあの時の女の声――俺が初めて殺した女の声だ!!

 葛森はその場に崩れ落ちる。

 俺の目の前にいたのは数十人の女性たちだった。

 こいつらの顔には生気が宿っておらず、虚ろな目をしている。

 その体は生前の面影を残しながらも、所々腐り落ちており、中には骨だけになっている者もいる。そんな悪霊めいた姿になり果てた女たちが一斉に掴みかかって来た。



「や、やめろ……! 離れろ、あの世に帰れや……!」



 必死に抵抗する俺の顔をがっしりと掴む女がいた。

 俺が初めて殺して祭壇にしたあの女だ。

 俺はその女の瞳を見て声にならない悲鳴を上げた。彼女の眼には狂気が宿り、まるで底のない沼底のような瞳には何かが蠢いていたからだ。


 な、なんだ? 目の中になにか居やがるぞ?

 その時、彼女の瞳にはしっかりとあるモノが映し出されていた。

 俺が人骨で組み上げたあの祭壇だ。

 その姿を見て、俺は自分がとんでもないことをしてしまったのだと悟った。

 俺はコレからは絶対に逃げられない。

 代償を払わねばならないと理屈ではなく、魂で理解できてしまった。



 ――俺、終わったわ

 俺は諦めるように床に倒れ伏す。すると、一人の悪霊が俺の頭を掴んで持ち上げる。彼女は口を大きく開けると、俺の頭を飲み込みはじめる。

 そして湿った音が響いた瞬間、俺は激痛と共に意識を失った。

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