第15話

 翌日、僕は一万円を持って荻窪のパチンコ屋さんへ向かった。もしかしたら今日も十万円勝てるかもしれないと昨日の夜から考えていた。村尾さんが今年の僕には波が来ていると言っていたし、パチンコのやり方も大体分かったので。本来なら手にしていなかったはずの臨時収入が六万五千円もある。四万円は貯金に回すとして二万五千円は使ってもいいかなあと僕は考えていた。これで今日も勝ったら貯金に回せるお金も増えるし、自由に使えるお金も増える。負けたとしても元々はなかったはずのお金だから僕の財布も傷まない。僕は昨日と同じように一万円札を五百円玉に両替して適当な台に座ってから五百円玉を画面の横の投入口に入れて球が出てきた。金属の球がプラスチックの台の球を受け止める部分にタタタタと言う音と共に落ちてきて戦闘準備が整った。ハンドルを回して球を打ち出す。スタートに球が入る。数字が回転する。僕はこれで当たるんじゃないかと本気で思った。流石に普通にリーチにもならずに数字がバラバラに止まった。僕が打っている台には龍王伝説と言う名前が書かれていた。僕は隣のおじさんに、この台はどんな仕組みですか、何で当たれば連荘するのですかと聞いてみた。隣のおじさんは、この台はどの数字や絵柄で当たっても確変とか時短とかないけど、大当たり確率が高いから当たりやすくて大当たり中にもさらに大当たりすることもある台であると教えてくれた。僕は隣のおじさんにお礼を言って、確変とか時短とは何だろうと思った。今度村尾さんに聞いてみよう。僕はその台を打ち続けた。ドンドンなくなっていく五百円玉。僕はものすごく焦った。リーチもかかるし、これは当たるんじゃないかというような演出のリーチもたくさんかかったけれど当たらない。僕と同じ台を打っている人たちはドンドン大当たりしていた。僕に波は来てないじゃないかと思いながら、僕はとても愚かなことをしているのではないかと思いながら五百円玉を投入口に入れ続けた。分かっていても五百円玉を入れるのが止まらない。次の五百円で当たるのではないか、今止めたら今まで使ったお金が全て無駄になってしまう。これが自分の稼いだお金だったらと考えたらきっと気が狂うほど後悔するだろう。もうすでに僕がキリヤ堂で稼ぐ一日のお金である六千四百円は使ってしまっていた。それでも五百円玉を入れる手は止まらない。もし時間が戻せるならパチンコ屋さんに入る前に戻りたいと思った。とうとう最後の五百円玉を投入した。もう僕の心は自分を納得させることばかり考えていた。昨日六万五千円の臨時収入があったけど、十二万五千円ではなく十万五千円勝ったことにすれば今日の一万円の負けもなかったことになるとか、昨日村尾さんに六万円を渡したけれど七万円渡したと思えばいいじゃないかとか。結局、自分で判断して欲を出して二日続けてパチンコを打っているのに言い訳ばかり考えてしまう。一万円あれば普通に僕はすごく贅沢な生活を送れることを知っていた。唐揚げも鳥の胸肉じゃなくもも肉を買うことだって出来たし、お米を大量に買っておけばしばらくお米を買う時の一気にお金が無くなる残念な気分も当分味わうこともなかったし、お蕎麦をたくさんもらったのだからお蕎麦用のつゆだって買えたし。そんなことを考えていたら球が残り少なくなった時にリーチがかかった。画面の中に龍が光って昇る演出が出てきた。隣のおじさんがそれを見ていて僕に、それは大当たり確定だと教えてくれた。僕はそれを聞いて嬉しくなった。これでひと箱分の球が出てくるから六千円は戻ってくる。それで止めたら一万円負けていたのが四千円の負けで済む。画面に数字が揃ってコーンと言う音がした。そして画面に矢印が出て右を狙えと言う文字が出てきた。隣のおじさんが親切に、あたふたしている僕に、ハンドルを思い切り右に回せと教えてくれた。昨日と同じように球が下の皿にドンドン出てきた。僕はレバーを引いて球を箱に移しながらいいぞと思った。昨日と違ったのがハンドルを思い切り回して右方向に球を打っていることと、チューリップがドンドン開いて球が出てきている最中も画面の数字は回転を続けていた。そして球が出ている最中にも関わらず画面の中ではリーチがかかって初めて見る演出のリーチになってそのまま数字が揃った。隣のおじさんが僕に、連荘したねと言った。僕はよく分かっていないけれど、どうやら大当たり中に大当たりを引いたみたいだ。球が箱から溢れそうになったけれど球はドンドン出てくる。二回目の大当たりを引いたのだから新しい空の箱が必要だ。昨日村尾さんが店員さんを呼ぶときに台の上のボタンを押していたのを思い出し、僕は台の上のボタンを押した。店員さんはすぐにやってきて僕の手元にある球がいっぱい入った箱を僕の椅子の後ろに置いて新しい空の箱を僕の手元に置いてくれた。僕は急いで下の皿に溜まった球を新しい箱に移した。いつまで球が出続けるんだろうと思っていたらまたまた画面の中でリーチがかかって数字が揃った。僕の頭の中は何かよく分からないけれど例えるなら実際には使ったことはないけれど麻薬でものすごく脳に快感が走るような、そんな感じの何とも言えない気持ちよさを感じた。大当たりが三回だから六千円が三箱で一万八千円。ついさっきまでものすごくブルーな気持ちだったのにあっという間に一万円の負けが八千円の勝ちが確定し、僕に波が本当に来ていると思った。八千円勝った時点で、今日一日キリヤ堂で働いたよりも千六百円も高いお金が手に入る。それも一時間ちょっと椅子に座って煙草を吸いながら球を打っているだけで。僕はこんなに簡単にお金が手に入るのならパチプロになれるんじゃないかと思った。それでもよく考えると村尾さんはパチンコで勝ったり負けたりしている。むしろ負けたと言っていることの方が多い。初心者でパチンコ歴二日の僕は今の時点で無敗である。と言ってもついさっきまではものすごいブルーだったくせに。大当たりがようやく終わって僕の椅子の後ろに球がいっぱい入った箱が二つと手元に一つ。僕はどうしょうかと考え、後ろにある二箱でも一万二千円になるから手元のひと箱はなくなっても勝ちは確定していると判断してとりあえず手元の箱の球がなくなるまで打ち続けてみることにした。手元の箱の球は結局大当たりを引けずになくなった。僕はすごく迷った。もしかしたらあと十回転させたら大当たりするかもしれない。今止めたらそれを逃してしまうのではないか。それから二箱あるんだし、もうひと箱使っても六千円は残るから最悪四千円の負けで済むじゃないかとか。僕は空になった箱を、店員さんを呼んで返した。すると店員さんがわざわざ僕の椅子の後ろにあった球の入った重い箱を僕の手元に持ち上げて置いてくれた。今の僕は完全にギャンブラーになっていた。東京に出て来る時、母親にサラ金とかにだけは絶対に手を出すなと言われていた。僕は状況こそ違うけれどサラ金に手を出しているような後ろめたい気持ちにもなった。普段、一円や十円単位まで気にして安いものばかり買っていたのに、今の僕は一万円もの大金を賭けてギャンブルをしている。しかも一万円の負けが四千円の負けに済んだことに対してむしろラッキーと感じている。今の僕は金銭感覚が完全にマヒしている。そして手元の箱も空っぽになった。回転数が台の上に表示されていた。四百五十六回転。僕は迷った。また都合のいい、自分を納得させることばかり考えた。最初の一万円で当たらなかったと思えばいいじゃないか、もしかしたら残りのひと箱ですぐに大当たりしてまた連荘して三箱に戻るかもしれないし、それ以上の球が出るかもしれないと。僕は店員さんを呼んだ。最後のひと箱。ドンドン球を使って回転させるが当たらない。僕の心の中は泣きそうになっていた。時間が戻せるなら三箱出た時点に戻してほしいと思った。そしてまた、昨日六万五千円じゃなく五万五千円の臨時収入があったと思えばいいとか考えた。台の上の回転数が六百回を少し超えた時にリーチがかかって数字が揃った。僕はすごくホッとした。頭の中で六千円単位の計算をする。隣のおじさんは椅子の後ろに球がいっぱい入った箱を七つ積んでいた。僕は隣のおじさんは僕にアドバイスもくれたし、いい人だと思って、すごいですねと声をかけた。するとおじさんは、この台は確率が百九十分の一だから一回の大当たりで出てくる球で百九十回以上回転させることが出来れば確率的に勝てるのだと教えてくれた。確かにその通りだと僕は思った。おじさんは、その回転数をボーダー回転数と教えてくれて、台ごとに千円あたりのボーダー回転数が決まっていて、その回転数より回る台を打てば一日単位では勝ったり負けたりするけれど最終的には確率は収束するものだから一か月も打ち続ければ勝てるのだと教えてくれた。そして僕の台は三箱使い切る前に六百回転しているのだからボーダー回転数は超えているいい台だと教えてくれた。おじさんの言うことはもっともだったし、僕にもすぐに理解できた。僕も何かおじさんに教えてあげたくなったので、洋服で横縞はボーダーと言うことと、おじさんが着ている上着の生地はフリースと言うことを教えてあげた。おじさんは、なんだそれと少し笑いながら煙草を吸っていた。それから僕の台はポンポンと大当たりを繰り返した。五回転で当たったり、七十回転で当たったり。逆に百九十回転を超えて二百回転ちょっとで当たったり。おじさんは、確率を超えても当たらないことをハマりと教えてくれた。そして確率の大体二倍ハマることはそうそうないとも教えてくれた。僕が先ほど六百回転回して当たったのは三倍ハマりであり、一日中打っていてもそんなにハマることは珍しいとも教えてくれた。そうなのかと僕は思いながら早く当たったら喜び、ハマったらイライラしながら一日中その台をおじさんの隣で打ち続けた。結局僕は四箱の球を最終的に機械に流した。理由はおじさんが早く当たったり、ハマったりを繰り返しながら球を増やして最後に百九十回転丁度回したところで止めていったので、僕も百九十回転させたところでここが一番のやめ時なのだろうと思ったからだった。六千円が四箱で二万四千円で一万円最初に使ったから一万四千円の勝ちかなと思っていた。球を数える機械には一万とちょっとの数字が表示された。レシートにも一万二十八発と印刷されていた。カウンターにそのレシートを持って行くと昨日と同じようにプラスチックの札を輪ゴムでまとめたものとお菓子をお姉さんから手渡された。それから換金する場所でこれをお金と交換するのだと僕は店員のお姉さんに換金をする場所はどこかと聞いてみた。お姉さんは、それは言えないんですと言った。僕は困った。この店員のお姉さんは僕に意地悪をしているのかと思った。別の男の店員さんに聞いても、教えられないと言われた。このお店は僕に意地悪をしているのかと思い、僕は本当に困ってしまった。それから他の勝ったお客さんが同じようにプラスチックの札を受け取っているのを見て、そのお客さんは換金をしてくれる場所に行くのだろうと思って、その人の後に僕はついていった。思った通り、その人は換金してくれる場所に僕を導いてくれた。僕はその人の後で窓口にプラスチックの札を輪ゴムでまとめたものを差し出し、金額が表示される画面に二万五千円と表示されて、思っていた金額より千円多いと喜び、目の前で数えられた二万五千円を受け取った。もう日も暮れて夜になっていた。大型連休も明日まで。僕はお正月からパチンコを二日も続けて打ち続けて、せっかくの休みをもっと有意義に使えばよかったという思いが少しと、二日で座って煙草を吸っているだけで八万円も稼いだことの大きな喜びを感じていた。僕は大金を手にしていたので財布の紐が緩くなってしまい、晩御飯を牛丼屋さんで済ませた。今まで外食なんて村尾さんが奢ってくれる時以外したことがなかったのに。自宅に帰ればキリヤ堂の小沢君募金箱に入れてもらった食材がたくさんあるにも関わらず。しかも今日は缶コーヒーまで自動販売機で買って飲んでしまった。しかも二本も。そのうえ、帰り道に自動販売機で炭酸のジュースまで買ってしまった。自宅の冷蔵庫の中に麦茶があるのにもかかわらず。キリヤ堂で一か月働いて稼ぐお金の半分以上のお金を楽して手にしてしまった僕は完全に金銭感覚がマヒしていた。明後日からまた仕事が始まる。キリヤ堂で生地を切る生活が始まる。キルト売り場の責任者としてもいろいろと考えないといけない。明日は最後のお休みだから有意義に使おう。そう考えながら僕は自転車を漕ぎながら暗い夜道を走り、自宅へ帰っていった。

 結局、僕は翌日も昨日と同じ荻窪のパチンコ屋さんへ来ていた。昨日と同じ龍王伝説という台に座ってパチンコを打っていた。昨日の夜から最後の休みなんだから読みたい本を読もうとか、好きな音楽を聞こうとか、部屋に籠って一日中エッチなビデオを見て五回ぐらいオナニーしようとか考えていたけれど、時間が経つにつれて昼間にパチンコで大当たりした時の何とも言えない脳が感じた快感が頭の中に何度も蘇り、泥棒が入っても何も盗むものも無いような僕の部屋の押し入れのごちゃごちゃした段ボールの下に封筒に入れて隠した八万円を何度も取り出しては数えてみて、さらに増えるかもしれないと言う思いが徐々に大きくなり、寝る頃には明日のお休みは有意義に過ごすという考えとパチンコに行くという考えの半々になっていた。そればかり考えていたら寝られなくなったので明日起きた時にまた考えようと思って寝たのだが、起きたら体は勝手に隠した封筒から三万円を取り出して残りの五万円を元の場所に隠してから自転車に乗ってパチンコ屋さんへ向かっていた。しかもパチンコを打つ前に缶コーヒーまで買って。いつもなら百円を惜しんで、買う時も絶対に量が多いものを買っていたのに、量が少ない缶コーヒーを惜しげもなく買っている僕は完全に金銭感覚がマヒしていた。結果、僕は財布に入れていた三万円を全部使い切ってしまった。最初の五百円で大当たりして、ポンポンと大当たりが続き、アッというまに三箱の球を出したけれどそこから増えたり減ったりを繰り返し、早く当たった、二倍ハマったとか思いながら、それでもボーダー回転数は超えていたので僕は五百円しか使っていないし、今日も勝てる、やっぱり今日もパチンコ屋さんに来て正解だったと思いながら球を打っていた。そして二倍ハマりが二回続き、その後千回転を超えても大当たりしなかった。五倍以上のハマりだ。僕は泣きそうになりながら、同時に百九十分の一なのに千回以上回しても当たらないなんてお店がいかさまをしているんだとものすごく怒りの感情を持っていた。台のガラスを割れないようにガンガン叩いたりした。両替機に二回足を運び、一万円札を五百円玉に両替し、これだけハマれば反動で次はポンポンとすぐに大当たりが続くだろうと考えていた。最後の方はリーチがかかってもどうせ外れるに決まっている、ほら外れたとぶつくさ独り言ばかりで、他の人から見たら単なる負けて八つ当たりしている大人げない風に見えているのだろう。結局手持ちのお金で千百二回回転させても当たらなかった。今の僕の顔を鏡で見るととても情けない顔をしているだろう。それでも何とか自分を納得させることばかり考えてしまう。今日、三万円負けたけど、手元には結局五万円残った。四万円は貯金しようと思っていたし、それでも自由に使えるお金が一万円残るし。昨日一万円使った時点で大当たりしなかったら今日はパチンコをしてなかったはずだろうし、もともとは手にしていなかったはずの五万円が手元に残ったのだからそれだけで万々歳じゃないか。それでも心の奥ではもやもやだけが残ってしまう。今日、パチンコをせずに有意義に過ごしていたら四万円貯金したとしても自由に使えるお金が四万円もあったのにとか。僕はサッサと自転車に乗って、いつものスーパーによってお蕎麦のつゆの素を買って自宅に帰り、晩御飯を作って、明日から仕事も始まるので弁当用のおかずも作り、五日間も自由な時間を過ごした分、明日からまた仕事の日々が始まると考えたら憂鬱な気分にもなった。女性ばかりの職場で優しい人ばかりに囲まれているのにもっと休みたいなあと思った。僕は昔からそうだった。夏休みの宿題だっていつも八月三十一日に毎年、泣きそうになりながら全く手つかずにほったらかしにしていたツケを支払うハメにあっていた。計画性がないのだ。取りたくなかったフリーターの大型連休も無駄に過ごして、今になって明日も休みだったらいいと考えてしまう。僕がみんなに出した年賀状はもうみんなの手元に着いたのかなあ。明日になるとまた制服をきた森川さんに会える。河本さんや根本さんにも会える。村尾さんにも会える。森山さんは明日、シフトに入っているのかなあ。内田さんや佐々本さんにも会えるなあ。神田さんにも白川さんにも会える。生地も年末の時と同じように棚にちゃんと飾ってあるんだろうなあ。そう言えば五日間、ハサミを一度も握っていない。早く生地を切りたいなあ。そうだ、姫始めと言うのを知っている。姫始めをしておかないと。僕は寒い部屋の中で布団に体を突っ込んで今年初のオナニーをしてからそのまま使ったトイレットペーパーの紙だけをゴミ箱に放り投げて外れたけれど布団から出たら寒いのでそのまま眠りに就いた。

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