第14話

 そんなことを思い出していたら村尾さんがようやく待ち合わせ場所のアルタ前にやってきた。約束の時間ちょうどだった。村尾さんが、おけましておめでとうと言ってきたので僕も、あけましておめでとうございますと言った。それから村尾さんは、年越しも一人だったのかと聞いてきたので、森川さんの家に行ってお蕎麦をご馳走になってから家に帰って一人で年越ししましたと答えた。村尾さんは、じゃあ行こうと言って歩き出したので僕は村尾さんからはぐれないように村尾さんの横に並んで一緒に歩いた。村尾さんと歩きながらいろんな話をした。村尾さんが、森川の家に行って何かされなかったのかとか、何度も言うけれど絶対森山さんにしておけよとか、毎年正月にお参りに行っている神社があるとか。僕はたくさんの人ごみを避けながら村尾さんからはぐれないように気を付けて、村尾さんの質問に答えながら歩いた。しばらく歩いていると、もうどの辺を歩いているのかさっぱり分からなくなった。それから正月には特別なものを食べたりするのかとか、何か特別なことをしたりするのかとか聞かれたので僕は、キリヤ堂の人たちや森川さんにお節料理をお裾分けしてもらったので今年は人並みのお正月を迎えることが出来ましたと答えた。僕は一つ、聞きたいことがあった。それでもそれを聞いていいものかどうか迷っていた。村尾さんなら多分知っているだろうと思ったし、簡単に教えてくれるとも思っていた。それでもそれを僕が聞いてもいいのだろうかと迷っていた。僕はなるべく自然にそれを聞いてみた。森川さんの家に行ったけれど森川さんのお母さんがいなかったと。村尾さんは特に驚いたりもせずに普通に言った。森川さんのお母さんはもういないらしい。死んだのだか、離婚したのか詳しくは知らないけれど少なくともキリヤ堂に入ってきた時にはすでに森川さんにはお母さんがいなかったらしい。僕はそれを聞いて、そうなんですかとしか言えなかった。僕の両親は田舎に健在だ。だからどうしても森川さんに同情の気持ちを持ってしまう。どういう理由で森川さんにはお母さんがいないのか分からないけれど、それでも森川さんのお父さんは子供たちのご飯を用意して、森川さんもお兄さんも普通に明るく振舞っていて、とても家族が仲良く一つ屋根の下で過ごしていて。それでいて森川さんはいつだって底抜けに明るくて。もし僕が実家にいる時にお母さんがいなくなっていたら家族はあれほど一つになれていただろうか。兄弟同士もそんなに仲良くなかったけれどもっとバラバラになっていたんじゃないか。村尾さんの話もうわの空になって、僕は気のない返事ばかりしていた。しばらく歩いて神社みたいなところに着いた。新宿の街にこんな神社があるのかと思った。東京で神社に来たのも初めてだった。ビルとビルの間にある神社。それでも立派な鳥居があって、賽銭箱もあって。人もたくさんいて。僕は村尾さんからはぐれないように一緒に賽銭箱の前まで進んでいき財布の中から五円玉を取り出して賽銭箱に放り込んで手を合わせて目を瞑っていろんなことをお願いした。神様から見たら五円では頼み過ぎだろう、それを全部叶えるには追加料金がかかると言われるぐらいたくさんのことをお願いした。あと、昔の長渕剛さんの歌で、賽銭箱に百円玉投げたら釣り銭出てくる人生がいいと、という歌を思い出し、僕は、賽銭箱に百円玉投げたらズリセンこいてる人生がいいなあと思った。村尾さんは毎年お正月にこの神社に来ているのか。村尾さんは賽銭箱に百円玉を放り込んでいたので、これも割り勘でせめて五十円分は僕のお願いを聞いてくださいと最後にお願いした。村尾さんが言うにはこの神社にお参りに来るようになってから毎年正月はパチンコで大勝ちをしているらしい。僕はそれなら村尾さんがパチンコに大勝ちすれば、僕は負けてもこの後楽しいことが待っているんじゃないかと思った。神社を出た後にすぐに繁華街に入り、村尾さんからはぐれないようについていった。正月から派手な看板がたくさん見える。これが東京の歌舞伎町だ。僕は歌舞伎町が怖い街だと思っていたが、村尾さんと一緒に歩いていると映画館やマックもあり、女の子も普通に歩いていて、田舎で想像していた歌舞伎町とはちょっと違っていた。パチンコ屋さんの看板もたくさんある。僕はまだ、昼間の歌舞伎町しか見たことがなかった。村尾さんは目当てのパチンコ屋さんへ入り、僕もそれに続いた。そして僕に一万円札を一枚くれて、なくなったら言いに来るようにと言って店の奥へと消えていった。僕はどの台を打っていいのか分からなかった。ただ、お金を入れて球をスタートに入れて回転させるという知識だけはあったので適当に台に座った。その時、村尾さんに貰った一万円を使わずにとっておいて後で負けましたと言えば一万円が丸々臨時収入になるのではないかと考えたけれど、せっかくの村尾さんの好意を裏切ってしまうことになってしまうことになるのではと、もしかしたらこのお金で大当たりして大金を得ることが出来るかもしれないと言う思いになり、僕は貰った一万円をパチンコに使うことにした。一万円札をどこに入れるか迷ったけれど台の横にお金を入れるところがあって、それでも一万円札は入らなくて、五百円玉に両替しないといけないことを周りの人を見て知った。店員さんに聞いて僕は一万円札をとりあえず千円札五枚と五百円玉十枚に両替してから台に戻った。五百円玉を入れて球が出てきたのでハンドルを回した。球が打ち出されてすぐにスタートに入った。一回転目で七のリーチがかかった。そう簡単には当たらないのだろうなと思っていたら七が揃って大当たりした。僕はものすごく興奮した。隣で同じ機種を打っていたおじさんが、兄ちゃんすごいなと言ってきた。僕は、ありがとうございますと言って球がドンドン下の皿に出てきたのでそれを掴んで箱に移した。ずっと球が出続けるので僕はドンドン下の皿の球を箱に移した。隣のおじさんが、わざわざ手で移さなくてもここをスライドさせれば勝手に球が箱に落ちるんだよと下の皿に穴が開いていることを教えてくれた。それから僕がパチンコ初心者だと気付いたみたいで、僕の台は連荘モードに入ったから上の店員さんを呼ぶボタンを押して箱を持って来てもらえばいいと教えてくれた。おじさんが言うにはこの台は三か七で当たると四か九で当たるまで連荘が続く台らしい。僕はおじさんに、これは球がひと箱で大体いくらになるのか聞いてみた。おじさんはこの店だとひと箱六千円だと教えてくれた。僕は店によって同じひと箱でも金額が変わるのを初めて知った。最初の大当たりで箱の中は球でいっぱいになった。店員の人が僕の球の入った箱を僕の椅子の後ろにおろした。僕は連荘モードに入ったからこれからドンドン当たるのだろうと思っていた。しかしいくらスタートに球を入れて回転させても大当たりはなかなかしなかった。僕は隣のおじさんに、これは連荘モードなのにすぐに当たらないんですかと聞いた。おじさんは、連荘モードと言っても確率は変わっていないのでそう簡単には当たらないと言い、それでもスタートのところの羽根がパカパカ開いて球を拾っているから球を減らさずに次の大当たりが取れる仕組みであると教えてくれた。しかも当たらなければ当たらないほどスタートのところの羽根がバカバカ開いて球を拾い続け、大当たりが来ない方がじわじわと球が増えるとも教えてくれた。言われて気が付いたことだが、よく見ると本当にじわじわ球が増えていた。大当たりで得た球は箱に入れて僕の椅子の後ろに置いてある。そして手元には球が入っていない空っぽの箱。それでもじわじわと下の皿に球が貯まって、僕は教えてもらったやり方で球を空っぽの箱に落とした。プラスチックの箱と金属の球がぶつかる大きな音がした。そして画面を見ながら四や九でリーチがかかると外れろと強く願い、それ以外の数字や図柄でリーチがかかると当たれと心の中で思った。よく見ると数字は一から九まであり、それに図柄が五種類あった。全部で十四種類の数字と図柄。三と七で連荘モードに入るのは確率として七分の一である。そして連荘が終了するのも同じく七分の一。単純に計算すると連荘モードに入ったら七回は大当たりが続くのかと思った。頭の中では七回だと六千円が七箱だから四万二千円になる。僕のキリヤ堂での七日分の給料に近い金額である。しかも七回以上連荘が続けば続くほど六千円が上乗せされる。しかし、次の大当たりで連荘が終わる可能性もある。僕は本当にドキドキした。村尾さんが僕の様子を見に来た。僕の後ろにはすでに七箱の球の入った箱が積み重ねられていた。村尾さんはものすごく驚きながら僕に、すごいじゃんと言ってきた。それからいくらで当たったのかと聞かれたので、最初の一回転目で七が揃いましたと言った。村尾さんが言うには、この台は大当たり確率が二百五十分の一ぐらいでそう簡単には当たらないと言い、しかも十四種類の数字や図柄から三と七だけが連荘モードと言う球を減らさずに次の大当たりをとれるモードに入る台だけどなかなか三か七で当てるのも難しいので俺でもこの台は打たないと言った。今年の僕には波が来ていると村尾さんは言った。画面の液晶には戦国時代の足軽のようなキャラクターがスタートに球が入る度に表示される。最大四人まで。しかもリーチも戦国時代の足軽や武将らしきキャラクターがいろんなアクションをする。打っていて大体このリーチがくれば当たって、このリーチなら外れるというのも分かってきた。村尾さんが言うには液晶の背景が赤い状態が連荘モードを意味していて、連荘モードが終わると背景が青に戻るらしい。言われてみれば周りの台の液晶は青色で、僕の台だけは赤い背景になっている。一回転目に七で当たるなんていいなあと村尾さんが言ったので僕は村尾さんの方はどうですかと聞いてみた。村尾さんは、いきなりハマって二万円ちょっとで当たって連荘したけれどすぐに連荘が終わって、今三箱と言った。それから、ヘタすると僕の連荘は閉店まで終わらないかもしれないと言った。腕時計を見るとすでに五時を回っていた。普通、パチンコ屋さんは夜の十一時までの営業だけど、今日は正月なので短縮営業だから夜の九時で閉店すると村尾さんが教えてくれた。残り四時間。僕はひたすらスタートに球を入れ続けた。閉店時間の九時が近づいても僕の連荘は終わらなかった。僕の後ろには十九箱の球が入った箱が積まれていた。心の中で僕はこのまま閉店を迎えたらもっと連荘していたはずだから損をするし、気分的に営業時間内に連荘が終わって欲しい、でも出来るだけギリギリまで連荘して欲しい、閉店一分前に連荘が終われば丁度いいと思いながら、同時に次の大当たりで六千円分の箱が二十箱になるから十二万円の臨時収入が確実に手に入ることに浮かれていた。僕が一か月働いて手にするお金に近い金額のお金が座って球をハンドルで打っているだけで手に入る。パチンコはすごい。閉店間際になって村尾さんが僕のところにやってきた。村尾さんは僕の後ろに積まれた箱を見て、君すごいね、まだ続いてるのと言った。そこで丁度四でリーチがかかって四が揃い大当たりした。僕は連荘が終わったのに心の中でホッとした。ここで終わらなかったらそのまま閉店を迎えて僕はきっとものすごく損をした気分になっていたと思う。最後の大当たりが終わってから村尾さんが店員さんを呼んでくれて台車に店員さんが球の入った二十箱の箱を一度に乗せてそのまま台車を押していった。店員さんと村尾さんについていくと球を数える機械に球を箱からドンドン店員さんが流し込んでいき、機械に表示されている数字がどんどん増えていった。数字は五万を少し超えたところで止まった。僕は五万発の球を七時間で出したみたいだ。それからレシートのような紙を店員さんから受け取り、村尾さんが、これからお金に換金するからカウンターに行こうと言って僕をさん付けで呼んだ。村尾さんの話だと五万発ちょっとだからお金にしたら十二万五千円になるらしい。僕の計算だと六千円が二十箱だから十二万円だと思っていた。村尾さんにそれを聞いたら、スタートの羽根が球を拾っていたからそれで球が増えたのだと教えてくれた。僕はカウンターでお金を貰えると思っていたらカウンターのお姉さんはプラスチックのような札を輪ゴムでまとめて僕に渡してきて端数はどうしますかと聞いてきた。村尾さんがすぐに、ハイライトとお菓子をくださいとお姉さんに言って、お姉さんがハイライトとお菓子を袋に入れて僕に渡してきた。意味が分からないので村尾さんに、僕はお金は貰えないのかと聞いたら、今手渡された輪ゴムでまとめてあるプラスチックの札を換金所に持って行ってお金に変えるのだと教えてくれた。パチンコはややこしい。けれど僕の頭の中は早く現金を手にしたいという思いでいっぱいだった。蛍の光が流れるパチンコ屋さんを出て、僕は村尾さんに連れられて換金をしてくれるところへ向かった。そこには何人かの僕と同じようにプラスチックの札を持っている人が並んでいた。僕はそこに並んで順番が来てから村尾さんの指示通りに輪ゴムでまとめたプラスチックの札を窓口の人に差し出した。前の人の換金した金額なのか、窓口のすぐ横に数字が機械で表示されていた。一万二千円と表示されていた。そこから機械に十二万五千円と表示が出て、窓口の人が札束を僕に見えるように数え始めた。ピッタリ十二万五千円。僕はそれを受け取って急に怖くなった。こんな大金を持ち歩いたことは今までなかった。これから帰り道でカツアゲにあったらどうしようと思った。それに村尾さんは換金をしていない。村尾さんはパチンコで負けたのだろう。いや、僕が連荘している間に僕と同じように球を出して、先に換金したのかもしれない。村尾さんは勝ったのかどうか聞いてみた。村尾さんはさっきから同じように僕をさん付けで、小沢さん、それを聞くのかねと言い、四万円負けたと言った。僕はそれを聞いて、とりあえず最初に村尾さんから貰った一万円を返して、僕が勝った十二万五千円は山分けしましょうと言った。村尾さんが誘ってくれなかったら手に入らなかったお金だと思うとそうするのが自然だと僕は思った。村尾さんは、いいのかね、小沢さん、頼りになるなあと言って、五千円はいいから僕が六万五千円で村尾さんが六万円の取り分で分けようと言った。それでも僕は楽して元手もかからずリスクもなく六万五千円と言う大金を得ることが出来たので何の不満もなかった。結局計算すると村尾さんが二万円、僕が六万五千円勝ったことになり、二人とも勝ったことになったので丁度良かった。それから村尾さんが、お祝いに風俗を奢ってあげようと言ってくれた。僕は六万五千円と言う大きな臨時収入を得た上に風俗まで奢ってくれることにとても嬉しくなったけれど、手元には今まで持ち歩いたことのない大金を持っていた。もし風俗に今から行って財布を盗まれたらどうしようと考えて、とりあえず今日は大金を持っているので帰るということと、その風俗の奢りはストックとしてキープしてもいいかと村尾さんに言った。村尾さんは、小沢さんはしっかりしているねえと言って、風俗の奢りのキープを認めてくれた。それから、新宿駅までの行き方が分からないので一緒に行って欲しいと僕は村尾さんにお願いした。夜の歌舞伎町は危険すぎると言う思いもあった。村尾さんは、今日の小沢さんの頼みは断れませんと言って僕を新宿駅まで送ってくれた。そして僕を新宿駅に送ってくれた村尾さんは切符も買わずに改札口のところで、それじゃあと言ってきたので僕は、家に帰らないのかと村尾さんに言った。村尾さんは、これから一人で風俗に行くのだと言った。僕の尊敬している村尾さんは正月から飲む打つ買うの打つと買うの二つを満喫している。僕は村尾さんに今日のお礼を言って頭を下げてから財布を絶対に取られないようにポケットの中で握りしめながら中央線のホームを目指した。

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