第16話

 透明カプセルの異常な振動。内圧力はマックスに近い。


 柿沼の動きは老人によって封じられていた。


 万事休すと観念した柿沼の目に、コントローラーを握る坊主頭が右脚をおさえて地面を転がる姿が映った。


 その背後には拳銃を構えた栗山の姿がある。


「栗山っ!」


「柿沼さん、動かないで!」


 柿沼が慌てて耳を塞いだ。


 その刹那、銃声が柿沼の耳をつんざき、背中の老人が地面に落ちる。


「急所は外しています。この期に及んで迷っている余裕はありませんからね!」


「ああ、そうだな。すべての責めは俺が受ける。心配無用だ」


「なにいいカッコしてるんですか。責任は俺にも取らせてくださいよ」


 脚を撃たれて悶絶する坊主頭の手から、栗山がコントローラーを奪い取った。


 あれこれ操作してみるもまったく反応がないことに焦る栗山。


 そこへ坊主頭の高笑いが響く。


「なにがおかしい?」


「残念だが、既に作動してしまった時点で、あんたが手にしたコントローラーは無効だ」


「む、無効だと……」


「止めるすべはない、ということだ!」


 沸騰を続ける細菌兵器を前に、なにも出来ない現実を突きつけられて、ふたりの刑事は呆然と立ち尽くした。


 もう打つ手はないのか。


 顎を砕かれた痩身の男と、肩を押さえてうずくまる老人に栗山が尋問するも、止める方法を知らないことに嘘はなさそうだった。


 万事休す。


 目の前で細菌が拡散される様を、ただ見守るしかないというのは、なんと情けないことか。


「柿沼さん」


「仕方ないと諦めるには、あまりにも悔しい状況だ。俺たちは、星人からの侵略を防げなかった地球人として後世に名を残すんだろうな」


「いやいや、名前さえ残りませんよ。日本は滅ぶんですから」


 カプセル内で黄緑色の液体が踊る。そろそろフィナーレの予感が満載だ。


 サヨナラ日本。


 とでも叫ぼうか。


 そんなことを考えていると 、見覚えのある顔が見えた。


「き、教授?」


 刈り上げ七三の黒髪に、どんぐり眼。襟付きのシャツに紺色の短パンはサスペンダーでとめられている。まさしく教授の姿だった。


「やあ。かなり苦戦しているね」


「教授、なぜここへ?」


「柿沼くんだったね。あっちはまあなんとか話が纏まりそうでね」


「本当ですか?」


「ああ。エジュラの民は先達の知恵を受け継ぐ者だからね。時間をかけさえすれば納得し会えるのさ」


 倒れる同胞を見て教授の動きが止まる。


「なんと言えばいいか。こうするより他に……」


「いや、仕方ないさ。細菌兵器だなどと、他者の不幸の上に幸せを築こうとした報いだ」


 柿沼と栗山はうなだれた。


「心配ない。この細菌兵器は吾輩らが引き取ろう」


 そう言うと教授は右手をあげた。


 上空から大型のドローンが現れた。いやドローンとは推進機関が違うようだ。機体から突き出た六本のアームには見たこともない推進装置がついており、絶えずイナズマを走らせて推力を確保しているのだ。その飛行物体の中央にある収納スペースに透明カプセルを呑み込んで持ち去ると言うのだ。


「なに気に病むな。この細菌兵器はエジュラの我らには無害。それは聞いたよね」


 教授が話終わるまでに、細菌兵器は飛行物体の腹の中だった。


 いつの間にやら三人の実行犯も姿を消している。


「では、今度こそ本当のお別れだな」


 教授が背中を見せる。その向こうには、少女のレビ・ガノと船長のガ・バウの姿ががあった。さらに彼らの後ろでは真夏の日差しが輝き、蝉の声が響いていた。


 柿沼の心がざわついた。あっけないほどに細菌兵器からの危機は免れた。だが、エジュラ星人の彼らはこれからどうすると言うのか。どう見ても、あの彼らの表情には希望が感じられない。


 柿沼は駆け出していた。


「あのまさか、みなさんは次元の狭間に居残ってしまうのではありませんか? それは、次元粒子機関のエネルギー枯渇とともに、次元断層が崩壊を迎えるのを待つという覚悟ではないのですか?」


「それは我らエジュラの問題です」


 少女レビ・ガノが言った。


 そして船長ガ・バウが微笑む。


「あんたらには迷惑をかけたね。だが、安心おし。生命は永遠だっていうからね。またどこかで会えるさ。特に柿沼。あんたレビ・ガノに惹かれてんでしょ。ガキの頃の恋心は一生モンだからね」


 彼らの間から誘拐された男性とふたりの女性が現れた。


「ほれ、この三人もお返しするよ」


 それは、ボディ・スナッチを諦めたという表明に思えた。


 柿沼が叫んだ。


「諦めてはダメです! ここに残る方法はまだあるかもしれない!」


「当然だよ。誰が最後まで諦めるもんか!  必ず、もっと真っ当な方法で生き延びてみせるさ! 」


 船長ガ・バウが毅然として胸を張る。


「いいかい覚えておきな。エジュラの民は、人の不幸の上に幸せを作らないんだよ!」


 エジュラ星人が消えていく。


 レビ・ガノが笑顔で手を振り、教授が憮然としながらも両手の親指を立てた。


 陽炎のように空間が溶けていき、あっという間に彼らの存在は……消失した。


 栗山が柿沼の背後に立つ。


「大丈夫ですか、柿沼さん」


「……ああ。もちろんさ。それより、被害者のところへ行ってやれ。相当に混乱してるようだ」


「はい、了解です」


 呆然とする三人に栗山が駆け寄っていく。


 それを見送る柿沼の頬を冷たい風が吹き抜けた。


 永遠の彼方に消え去った夏の町は、もう再び現れることはないだろう。


 真夏の星人たち。


 ──しかし。


 彼らは必ず方法をみつけるはずだ。


 ──そして。


 いつか……また、会える日が。


 ……きっと。


 彼らの消失した空間に木枯らしが舞った。


 柿沼は、風鈴と子供たちの声を──遠く聴いたような気がした。








 おしまい。

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真夏の星人たち 関谷光太郎 @Yorozuya01

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