第9話 この女の子は・・
さて、今日は昨日届いたコーヒー豆を処理しなきゃいけない。
完熟コーヒー豆。
完熟していない豆は酸っぱさが残る気がする。
この豆を丁寧に
俺は朝食を軽く済ませて、作業に取り掛かる。
コーヒー豆を炒るときの匂いが最高にいい。
俺はコーヒー豆の作業を行っていた。
時間は午前11時。
俺のカフェでは基本はコーヒーを提供する。
後は本当に軽い食事と呼べるレベルではない食べ物を提供。
ヨーグルトは毎日カスピ海ヨーグルトを作っている。
野菜も自分のところで作っているのを提供。
卵はたむらさんのところから購入。
カフェメニューでフレンチトーストがおいしいと何人かの人からお勧めがあった。
お客さんが気に入ったメニューを作っている感じだ。
店内の掃除も終わったし、さて俺がコーヒーでも飲むか。
こんないい匂いに我慢できない。
そう思っていると、入り口のドアが開いた。
「あ、いらっしゃいませ」
俺は言葉を出すと同時に、せっかくのおいしいコーヒーを飲み損ねたなと思った。
!
入って来る客を見て思った。
あの子は確か・・。
きれいなスラッとした足を出して、ミニスカートをヒラヒラさせながら入って来る若い女の子だ。
女の子は俺の方を見て、ニコッと微笑む。
「こんにちは~、おじさん」
そうだ。
あのビルから飛び降りた女の子だ。
しかし、よくここがわかったな。
女の子は微笑みながらカウンターへ歩いて来て、頭を下げる。
「おじさん、この間は本当にありがとうございました」
そう言うと、勝手に椅子に座る。
俺は言葉が浮かばず、手の作業を止めて女のを見ていた。
女の子は俺を見るとクスッと笑う。
「おじさん、手が止まってますよ」
「あ、あぁ・・しかし君、よくここがわかったね。 それに俺、まだ32歳だ。 おじさんじゃないぞ。 20代前半に見られるんだがな・・」
俺はそういいながら、何か注文する? と聞く。
女の子は大きくうなずいて、少し後ろ振り返りながら立ち上がった。
「おじさん、もう一人いい?」
そういうと、入り口まで行きドアを開けた。
おじさんじゃないと言わなかったか?
俺は心の中でつぶやく。
きれいな女の人が中へ入って来てお辞儀をする。
俺も軽く会釈を返した。
「母です」
女の子が紹介してくれた。
女の子の母親が「大変お世話になりました。 そして、娘の命を救っていただき、本当にありがとうございました」
丁寧に挨拶をしていた。
俺は直感的に、大事な話になるだろうと思い、入り口の掛札を準備中にした。
女の子と母親がカウンターに並んで座る。
俺はカウンターの中に入って対面で作業だ。
先程のコーヒーが飲みたい衝動に駆られる。
「おじさん、私ミックスジュースとフレンチトースト。 お母さんは何頼むの?」
女の子が元気よく注文してくれる。
「そうね・・私は、ブレンドコーヒーとフレンチトーストをお願いするわ」
後でわかったが、どうやらフレンチトーストがおいしいお店があり、その店長の特徴が俺と似ていたという。
そこで調べているとどうやらここらしいとわかったそうだ。
俺は注文を聞き、早速コーヒーを作りながら、これで俺も飲めると一安心した。
フレンチトーストはいくつか用意してある。
溶かしバターを容器に入れ、牛乳を大さじ1杯注ぐ。
生卵と生クリームを入れて良くかき混ぜる。
きれい混ざったところで、俺のところで焼いているフランスパンを入れる。
一口サイズくらいの大きさで、8枚入れてじっくり冷蔵庫で30分ほど寝かしている。
これでたっぷりとパン生地にしみこんでいるはずだ。
フライパンにバターを敷いて弱火で温め、ゆっくりとフレンチトーストを焼いていく。
「いい匂いね~」
女の子がつぶやく。
横で母親もにっこりとしてうなずく。
ミックスジュースはすぐに出来たので、女の子に出した。
「はい、どうぞお待たせしました」
女の子はすぐに飲み始めて、
「おいしい~。 おじさん、とっても濃いわね」
その言葉を聞きつつも、コーヒーが出来上がっていた。
女の子の母親にもコーヒーを提供。
俺も1杯淹れている。
コーヒーを俺は一口飲み、おいしい~と思いホッとした。
さて、最後にホイップクリームたっぷり乗せてフレンチトーストも出来上がりだ。
女の子と母親はフレンチトーストを一口食べて、目を大きくしていた。
二人で顔を見合わせて言う。
「おいしいね、お母さん」
「うん、とてもおいしいわ」
俺はその言葉を聞き、うれしいよりも俺が食べたいぞと思う。
そんなことを考えていると、突然女の子が話し出した。
「おじさん、あのね・・あの出来事だけど、全部お母さんに話したの」
女の子の母親は食べている手を止めて女の子を見つめる。
女の子も下を向いてミックスジュースのストローをクルクルと回していた。
「おじさんに助けてもらった時には、すっごく腹立たしかったけど、後で考えたら腹立てられるのは生きてる証拠だって思えるようになったの。 それで少し考えていたらとても怖くなってきて・・フト横を向いたらお母さんがいて・・。 私、1度死んだんだなって思うと、全部話しちゃえって思ってお母さんに話したんだ・・」
・・・
・・
女の子が言うには、どうもレイプされたという。
3人くらいの男にさらわれて、車の中に押し込まれてそのまま
3人くらいというのは、初めに見えた人数がそれくらいということで、後は何が何だかわからず、相手の顔もよく覚えていないという。
それから街をフラフラして、気が付いたらビルの上にいたというわけだ。
なるほど・・辛すぎるだろ。
それによく母親に話せたな。
警察にも先ほど行ってきたところだという。
相手の顔がわからなければ、対処のしようもないらしいが、防犯カメラなどが設置されているところだったから、今から調べるという。
何とも頼りない話だな。
・・・
俺は話を聞き、迷っていた。
親子二人でニコニコしながら食べている。
精一杯頑張って2人で明るく振舞っているのだろう。
シャボン玉みたいに触れると破裂しそうなくらいの心持ちのはずだ。
許せないな。
警察が捕まえたとしても、この子を傷つけた奴は平気で生を全うするのだろう。
そう思うと、俺の中で黒い渦が沸き起こる。
そして、同時にそれを抑えようとする心の動きもある。
放っておけ、他人事だ。
関係ないぞ。
だがなぁ・・目の前の痛々しい笑顔を見ているとたまらない。
偽善だろ?
確かにそうだ、偽善だ。
だが、俺の心の正義だ。
クソは排除する以外にない。
俺は自問自答を繰り返して、ついに言ってしまった。
「俺のフレンチトーストおいしいでしょ?」
俺がそういうと、親子2人でこちらを向いてにっこりとうなずく。
「「えぇ、とてもおいしいわ」」
「あの、俺・・山本っていいます。 自己紹介まだでしたね」
俺がそういうと、向こうも顔を見合わせて笑いながら自己紹介をしてくれた。
「あはは、おじさん、忘れてたわ。 私、洋子。 広瀬洋子っていいます」
「母の真紀です」
そう言って頭を下げていた。
俺はそれを見ながら言葉を出す。
「広瀬さん、俺の個人的な知り合いに優秀な探偵がいるのですが、その犯人たちを調べてもいいですか?」
広瀬親子は一瞬動きが止まる。
お互いの顔を見合わせて俺の方を向く。
母親が怪訝そうな顔をして言う。
「山本さん、どういうことですか?」
まぁ、そりゃ疑うだろうな。
いきなり知らない人にそんなことを言われても、おかしいだろ。
「いえ、私もこんなことをする人間が許せないだけですよ。 あ、いえお金を取ろうというのじゃないのです。 調査は私が勝手にしたいだけです」
俺は顔の前で手を振りながら答える。
「おじさん・・なんでそんなことをしようと思ったの?」
娘、洋子が聞いて来る。
俺は洋子の方を向いて答える。
「単純に、こんな連中が気に入らないだけですよ。 それに、もしわかったら、ネットで発信元がわからないように
俺がニヤッとして言うと、女の子は黙って下を向いていた。
「山本さん、警察の方でも調査してくれているといいますから、何もそこまでしなくても・・」
母親が言う。
「お母さん。 これは俺の個人的な意見なのですが、こんな連中が同じ地球上で息をしているのが許せますか?」
俺がそういうと、母親が真剣な顔で俺を見る。
マズったか?
過激な言葉過ぎたか・・俺はすぐに修正をした。
「あぁ、すみません、お母さん。 俺の言葉が悪かったですかね? でも、もし警察に掴まっても終身刑にはならないでしょ? だったら居場所をなくしてやればいいのですよ。 どうせ、ネットの中の正義マンたちが煽(あお)ってくれます」
俺は少し笑いながら言ってみた。
母親も少しホッとしたのかどうか、先程の緊張感はなくなった。
そして、俺の家族に起こった事件も伝えてみた。
・・・・
・・
しばらく沈黙が続いたが、女の子が顔を上げて言う。
「おじさん、いいわ! こちらからお願いする。 こんな、こんな・・」
洋子は涙を流しながら言葉が出てこないようだ。
「うぅ・・うぅ・・・」
母親が娘をギュッと抱きしめて、頭をゆっくりと撫でていた。
その腕の中で洋子がつぶやく。
「うぅ・・おじさん・・もし、本当に見つかるのなら、お願いするわ。 是非見つけて、ネットでさらし者にして! 本当なら殺して欲しい・・」
そこまで言うと、母親の腕の中で泣き続けていた。
俺はその姿を見ながら、当然初めから始末するつもりだよと、心で言っていた。
広瀬親子はしばらく泣き合っていたが、食事もきれいに食べ、店を後にする。
少し明るく感じたのは気のせいではないだろう。
親子以外に気持ちをぶつけることができたのだから。
さて、俺は早速両親の事故の調査をしてくれた探偵に連絡を入れようと思った。
・・・・
・・・
広瀬親子が来てから2週間が経過。
あれから1度、広瀬真紀さんだっけ?
母親が俺のところへ来た。
聞けば、警察でも犯人の目星はついているという。
おそらく犯人で間違いないが、証拠がない。
任意同行で事情を聴いてみたが、検挙逮捕まではつながらない。
それに娘さんの身体に犯人の遺留物などがないか確認も必要だという。
広瀬母はその検査などを聞いて言葉を失った。
まさか娘をモルモットのような感じにできない。
未だ事件の傷すら癒えてない。
今そんな心に負担をかけたら死ぬかもしれない。
それだけは絶対に避けねばならない。
そう考えると、何もできない自分が悔しくて仕方がなかったという。
俺はその泣きながら訴える広瀬母の話を黙って聞いていた。
母親はしばらくすると、パッと俺の顔を見て犯人の名前を教えてくれた。
警察もそれは教えてくれたらしい。
広瀬母がどうしても知りたいと懇願して、やっと教えてもらえたようだが。
俺の方で調べた情報と一致していた。
なるほど、全部で5人いたわけだ。
警察の情報の方が1人多い。
さすがだな。
見張り要員か雑用の人間だったか?
とにかく、こいつも一緒に
俺はそう思いながら、広瀬母に
広瀬母は自分の力のなさを痛感しただろう。
そして、何もできない社会システム。
悔しくて仕方ないだろう。
俺の店を出る前に、深々と頭を下げ、お願いしますと一言。
そのまま去っていった。
俺はその背中をしばらく見送って、店の中に入る。
表の掛札は臨時休業だ。
まぁ、いつも開店休業みたいなものだが。
さて、早速動くか。
こういったことは迅速に、素早く片づける。
5人を一気に仕留める。
タイムラグを作ると横の連携がうっとうしいことになるだろう。
俺はカウンターに書類を並べて見ている。
時間は午後3時。
警察の調べた情報では、1人が札付きの悪。
何とか組とか組織を作っているらしい。
そこの組員も1人犯行に加わっている。
後の3人は・・何と1人は医者だ。
会社員も1人はエリート社員だぞ。
東証1部上場の企業名だ。
残りの1人は公務員か。
妻子持ちが1人いるな。
しかし、よくやるよなこいつら。
俺の方の情報では過去歴がある。
全員同じ中学校出身。
そのつながりか。
札付きの悪は昔から女癖が悪いという。
なるほど。
後の連中はそのおこぼれをもらっているような感じか。
それともこの悪を使って獲物を狩る感じなのかもしれない。
とにかく余罪もいっぱいあるだろう。
・・どうでもいい。
俺は全員の居住場所をマップで確認してみる。
ふむ・・全員がそれほど離れているわけではない。
この2人の奴どもが近い位置にいる。
いや、それよりもこの札付きの悪が今の時間帯では都合がいいだろう。
そう思うと、札付きの悪こと村井龍三のところへ向かう。
電車を乗り継いで30分ほどだろうか。
時間は午後4時になっていた。
駅を降り、アーケード付き商店街を歩いて行く。
それほど人通りがあるわけではない。
まだまだ新型コロナウイルスの影響だろうか。
買い物の時間のはずだが。
そんなことを思いながら、建物の中を俺は歩いて行った。
・・・
・・
あった。
設計事務所、村井組。
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