嵐が去って

 2日後。ケイトは動きをパタリと止め、予定通りにスケジュールを消化して帰路の船に乗ろうと桟橋で待っていた。


 両脇のメイドや白いワンピースと麦わら帽子という服装、ケイト自身の存在感も相まってかなり目立っていた。


「大人しく帰りましたなあ」

「所詮は小娘だ。相当効いたんだろうよ」


 漁協長の腹心である、背の低い男性の老人が、窓から双眼鏡で確認しつつ漁協長と共にニタニタと笑って、本来商品である青魚の塩漬けを肴に昼間から一杯やっていた。


 出航時刻になり、老人はもう一度双眼鏡で桟橋を見ると、ケイトが真っ直ぐこちらを見ていた。


 帽子をとって優雅に一礼すると、アタッシュケースを持つメイド2人と共に船へ乗り込んでいった。


「どうかしたのかね」

「ああいえ……」


 背中に悪寒が走った老人は、そう訊いてきた漁協長へケイトの動きを説明した。


「負け惜しみだろう。可愛いものだ」

「だと良いので――」

「失礼いたします。ジェームズ警部補がおいでになりました」

「あの若造か? いい加減懲りたらどうだろうな」

「今すぐお会いしたいとの事ですが」

「まあ通しても構わん」


 ケイトの挙動にも、老人の不安が的中するかのように現われた刑事にも、漁協長は一切恐れる事なく余裕をぶっこいてそう言う。


 西諸島州中央署刑事のジェームスは、漁協長の卑劣なやり方について常々嗅ぎ回っていて、何度かガサ入れに踏み込んだりもしたが、いずれも不発で終わって地方に飛ばされ、先日署に戻ってきていた。


「今度という今度は逃がさないぞ」


 暑いのにスーツ姿のジェームスは、部下と共に漁協長の部屋に入るやいなや、彼へと指をさして堂々と宣言してガサ入れ令状を見せつけて言った。


「何がだね。君こそもう次はないと言っておいただろう。単なる疑惑でこうガサ入れに踏み込まれては困る」


 それを受けた漁協長は、鼻で笑いながらあくまでシラを切る。


「では読み上げさせてもらおう。ジョン・ウェイブ、詐欺、恐喝、強要、犯罪教唆の容疑で家宅捜索を行なう」

「ほう? また証拠がありもしない犯罪の捜査ではないのかね? 時間の無駄だぞ若人よ」


 彼の余裕の最大原因は、全ての罪状と被害者がいるという証拠を何一つ掴ませないことにあり、今回も起訴まで持ち込める様な証拠は全て隠されていた。


「まさかこんな所に隠されているとはな。灯台もと暗しとはこのことだ」


 だが、ケヴィンの執念によって調べつくされ、その証拠の文書が漁協長のデスクの下にしまわれている事が判明しており、ジェームスは一直線にデスクへ向かっていく。


「何をする!」


 酔いも余裕も吹っ飛んで焦るウェイブを無視し、それを部下と一緒にどかした。


「あったぞ。もう言い逃れは出来まい」


 板で上が覆われていたが、それも剥がすとその下には床下収納があり、ケイトを襲撃した犯人達を含めた契約書類が収まっていた。


「まさかあの小娘に一杯食わされた、のか……?」


 観念したウェイブはがっくりと膝をつき、チョロい客としか見ていなかったケイトの事を思い出し、唖然とした様子で頭を垂れた。


 この後の捜査により、ウェイブと癒着していたあらゆる人間が芋づる式に判明し、西諸島州のみならず全国に衝撃が奔り、しばらくの間報道はその話題で持ちきりとなった。



                    *



 大政治スキャンダルの混乱が収まった頃。


 社員研修の本番に、イライザとアイリスを連れて西諸島州を訪れたケイトは、前回見そびれた市場の競りを視察する。


「みんな、心なしか活き活きしている様に見えるわね」

「はい」


 以前よりも遥かに漁港が活気に満ち溢れている様に感じられ、ケイトは思わず笑みがこぼれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メイド・イン・ソルジャー 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ