汚いやり方

 深夜になろうかという頃にアイリスが戻ってきて、情報屋からもらった書類をゆったりとソファーに座り、入浴後のれた髪をイライザに拭かれているケイトに渡す。


「貴族に政治家に海運業者、マフィアに警察に沿岸警備隊……。なるほど、これだけ癒着していればやりたい放題なわけね……」


 ケイトは目を通すなり険しい表情になり、あごに手を当てて独りごちる。


 やたら自慢話が長い漁協長の男は、本来は西諸島州の金融業者を経営していて、州の各界への融資を行っているため顔が利き、裏で高利貸しもやっているため資金も豊富で、多額の賄賂を掴ませたり時には脅して地位を築いている事が書類に書かれていた。


「どうされますか?」

「ここまで来ると私の手に負えないわ。流石に全面戦争は手間がかかるし、そもそもイライザ達はそういう力じゃないもの」

「左様でございますね」


 ケイトとしては、当然やろうと思えばそれも出来るとは思っているが、真っ先に選択肢から外してそう結論を出した。


「――」


 書類を封筒にしまったケイトが、それをテーブルの上へ軽く放る様に置いたところで、イライザが部屋のドアへ素早く視線を向け、アイリスが床に耳を付けた。


「何者かがこちらに向かっていますね」

「兵隊まで動かすなんて手が早いわね」

「いえ、恐らく素人ですね。気配もなにもかも隠せていませんので」

「足音もバラバラで大きいですね」


 表情が鋭いメイド2人はそう分析し、自分の得物をレッグホルスターから抜いた。


「できれば使わないであげてちょうだいね。ホテルの支配人が可愛そうだもの」

「承知しました」


 壁際へと移動してしゃがんだケイトの指示に、イライザは銃は手にしつつも腰を落として徒手空拳の構えをとる。


 その布を顔に巻いただけの武装集団は、盗み取ってきたマスターキーで鍵を開けて、部屋の中に雪崩なだれ込もうとしたが、


「せいっ」


 イライザが跳び蹴りで突っこんできたため、得物の拳銃を抜く前に吹っ飛ばされて。5人ほどがまとめて壁にたたき付けられて失神した。


 巻き込まれなかった1人が逃げようとしたが、振り返った先にはアイリスが居て、すれ違いざまに強力な麻酔が塗られた針を首筋に刺されて倒れ込んだ。


 そのすぐ後に騒ぎを聞きつけた警備員がすっ飛んできて、その6人をまとめて縄で縛ると、ケイトの部屋にある電話で警察に通報しはじめた。


「おや? この方々は……」


 顔を見ようとイライザが布を取ると、その下から漁港で話を聞いた、若い漁師のそれが現われた。


「ん? こいつら中央島南漁港の漁師じゃないか」

「お知り合いですか?」

「ああ、まあ。近所に住んでるもんで、顔はよく覚えてるんですよ」


 通報して廊下に戻ってきた警備員が、その青年の顔を見て目を見開きつつ、ケイト達へそう説明する。


「アイリス」

「はい」


 イライザの意図を汲んでアイリスが気付け薬を投与し、気を失っている内の1人の目を覚まさせた。


「おい、ボブ。お前なんでこんな事を……」

「……」


 ボブと呼ばれた漁師の青年は、肩をつかんで訊いてくる顔馴染みの警備員へ、無言で気まずそうに顔を歪めて黙り込んでしまった。


「なるほど。こういう手にも出られるわけね」

「そのようです」


 腕組みをしつつ眉をひそめてそう言うケイトは、


 この分だと、おば様達の事はもう把握しているはずよね……。


 自分だけの問題ではない事を改めて理解し、頭が痛そうに1つため息を吐いた。


 闖入ちんにゅう者がしょっ引かれて行き、現場検証と証拠品の回収、調書取りが終わって警察が引き上げたのは日付が変わった頃だった。


「お嬢様。今後どうされるおつもりですか?」

「そうね……。お父様に、任せる事にするわ……。本家の系列のホテルにいるはずだから……、連絡お願い……」

「承知しました。――おやすみなさいませ」

「ん……」


 張っていた気が緩んで眠気の限界が来たケイトは、隣に座るイライザの問いにそう答えると、彼女に身体を寄せて寝入ってしまった。


「アイリス。申し訳ありませんがお願いします」

「はい」


 イライザはケイトを横抱きにしつつアイリスにそう指示すると、彼女は手に入れた資料を手に再び変装して出発した。


「――という次第でございまして」

「ご苦労様。後は任せてくれ。――子を守るのは親の仕事だ」

「もう少し早く気付かれてほしかったものですね」

「うん、ごもっとも。……話は変わるが、ケイトも気が付いていたのか?」

「はい。私共はお知らせしておりませんので」


 予想した通り居たケヴィンは、文書を受け取ってアイリスからの引き継ぎが終わった所で確信めいて訊き、実際その通りの答えが返ってきた。


「嫌われてしまったかな」

「元々、少なくとも好かれてはいないと思われます」

「手厳しいね……」

「ですが、嫌われている、というわけでもないとも思われます」


 実際、こうやってお嬢様は大旦那様に頼られているわけですから、とションボリ苦笑いしていたケヴィンに言い残して部屋から去って行った。


「ふむ……」


 ドアが閉まると共に、資料に目を落としたケヴィンの顔が非常に険しくなった。


「さて、どうしてくれようか」


 それは長年勤めている中年のメイドすら、震え上がる程の恐ろしいものだった。


「デビット」

「はい」

「州知事殿と州警察長官殿に2セットほどこの文書のコピーを頼む」

「承知しました」


 ケヴィンは1つ深呼吸をして冷静な表情に戻り、執事兼護衛の男に文書を渡すと、先程のメイドへは漁協長の身辺を追加で調査する様に指示を出した。


「ラリー。明日の予定は明後日に変更だ。先方には私から連絡する」

「承知しました」


 さらにもう1人の老年執事へ、ケヴィンはスケジュールの変更を告げると、翌朝に備えて就寝時間を早めてベッドへと腰を下ろした。

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