不穏な追跡者 2

 お馴染みの通路がガラス天井の商店街に正面の入り口から入ると、セシリアは真っ直ぐ南通りの精肉店へと向かう。


「で、何の肉買うんだ?」

「鶏胸肉ですね。あんまり脂肪がありすぎてもいけないので」

「猫のメシでもそういうのあるんだな」

「残飯とかをあげる事もあるらしいんですけれど、私はどうせなら美味しいものを食べて貰いたいので」

「ほーん。そういう優しいとこセシリアらしいな」

「あっ、えっと、どうも……」


 口元に笑みを浮かべてサマンサにそう言われ、セシリアは照れて頬を赤らめた。


「手、繋ぐか?」

「そ、そうですねっ。いつもより人が多いですからねっ」


 2人ともおっかなびっくり、という様子でそう言い合って握りあった。


 今は少し嬉しそうな物が表情に混ざる、ころころと表情が変わる彼女の様子に、


 自信持って、セシリアを守れる様にアタシが強くならねえとな。


 サマンサはかつての憔悴したその泣き顔を思い出し、内心でそう誓った。


「ん? 肉屋通り過ぎたぞ?」

「そこのお店も大きくて良いところなんですけど、こっちの方に鶏肉専門店があるんですよ」

「ふーん。んなのがあんのか」

「はいー」

 

 こっちです、とセシリアはサマンサの手を引いて、西通りに繋がる枝道に入った。


「……」


 その際、明らかに自分達を見ている複数の視線にサマンサは気が付いた。


 オイオイオイ、早速不審者とご対面かよ。


 買い物を邪魔される可能性に渋い顔をしたサマンサは、握っていない方の左手をメイド服のロングキュロットスカートについたポケット部分に入れた。


 それはポケットではなくスリットになっていて、手はレッグホルスターに収められている45口径の自動式のグリップを握っていた。


 しかし、不審人物達は遠巻きに追いかけてくるまで以上の事はせず、サマンサはセシリアを過剰に怖がらせない様に何も言わなかった。


 なんなんだあいつら……。うっぜえ……。


 何もしないものの、追跡者の尾行が下手くそなため視界の端にちらついて、店主と喋るセシリアの後ろにいるサマンサは、顔には出していないがかなりイライラしていた。


「? どうされたんですか、サマンサさん」

「あー、いや。ここって武器屋あんのかなあ、って思ってな」

「ここの商店街には無いですね。お隣のならいくつかあるそうです」

「ほーん。よく把握してんな」

「た、単なる又聞きですから……。ですけど、今日はもう時間的に厳しいですね……」

「あーいやいや、別に行きたいわけじゃねえから」

「あっ、そうなんですか」


 何かを気にしている事だけは気が付かれ、サマンサは多少焦るもごまかしきって、小さく安堵の息を吐いた。


 一方その頃、ケイトの屋敷にて。


「スカルズ家? ああ、セシリアとサマンサがいた家ね。ありがとうロバート」


 書類がほとんど片付いて、ペースを少し落として作業していると、執事のロバートからそう報告が上がってきた。


 スカルズ家は鮮魚の卸売りを現当主一代で軌道に乗せた貴族で、爵位はケイトの2つ下の子爵となっている。


「意外な名前が出てまいりましたね」

「ええ」

「引き抜きに来ているとするならば、資産がやや少ない様な気がいたしますが」

「そうねえ……。もしかして、セシリアを引き戻すつもりかしら?」

「彼女から聞く限り、その可能性は低いのではないでしょうか」

「なのよね。セシリアが自分から戻りたいというわけはないし……」

「あちらの使用人からの要望の可能性もありますね」

「追い出しておいてそれは都合が良すぎるし、ないとは思うわ」

「左様でございますね」


 結論は出ず、ケイトはひとまずロバートに、もう少し詳細まで調査するように命じて話を終わらせた。



                    *



 買い物を終え、下りた所から再び乗り込んだセシリアとサマンサを乗せた自動車は、路面電車が走る市街地を南北に貫く中央通りを走っていた。


「わざわざ加工までして送ってくれるたなぁ」

「はいっ」


 セシリアはだいたい1週間分の鶏胸肉を注文したが、何に使っているのかを聞いた店主の厚意で茹でた物を納入して貰う事になった。


「店の人も良い人だけどよ、やっぱセシリアの人徳だな」

「人徳だなんてそんな……」

「言い過ぎじゃねえって」

「そうでしょうか……」

「そうだ。そこははっきり誇れ」


 照れと謙遜にほほを染めるセシリアに、アタシが保障するからよ、とサマンサはにいっと笑ってそう言った。


「……が、頑張ってみます……」

「おう」


 その言葉にうつむき加減だった顔を上げたセシリアは、両手の拳を握りながら言った。


「で、そういや本屋で何買ったんだ?」

「これです」


 サマンサの問いにそう答えつつ、セシリアは膝に置いていた紙袋の中から少し薄いハードカバーの本を取り出した。


「猫の飼い方?」

「はい。一応確認しておこうかと。その、猫ちゃんって食べちゃいけない物があると聞きますし、新しい知識を得ておこうかと」

「なるほどな」

「一緒に見ますか?」

「おう。猫に好かれる方法とかあるか?」

「どうでしょう……」


 そう言ってセシリアが本の目次を確認し始めると同時に、ネイサンがサマンサへ向けて親指で後ろを指すサインを出した。


 気付かれないように、サマンサはサイドミラーに視線だけを向けて確認した。


 すると、少し離れた位置に余り見かけない様な、後ろが長くグリルが金色の黒いセダン車が追走してきていた。


 ネイサンはルームミラーを少し動かし、それ越しに例の不審者かどうか目で訊ね、


「ふーん、急に動くとダメなのか」


 サマンサはセシリアへ相づちを打つ動きに見せかけて頷いた。


 それを見たネイサンはごく自然を装って、東西方向に横断する通りと交差する地点を左折する。


 1つ進んで、中央通りに併走する片道2車線のやや細い道に左折し、1つ先の交差点を右に曲がって片道1車線の古いアパート街の横道に入った。


 さらに2つ進んで、左折して1車線の一方通行路を通り、1つ進んでまた左折、とランダムに路地を走り、追跡者をあっさりいて再び中央通りに戻った。


 念には念を、とネイサンはいつも通らない裏道を使って、来るときに通ったトンネルがある道へと合流した。


 セシリアに最後まで気が付かせないまま捲いたネイサンは、後ろを確認しながら制限ギリギリの速度で飛ばして屋敷まで帰投した。

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