お嬢様の作戦

「――という様な事があったそうです。お嬢様」

「うーん。理由はともかくとして、セシリアかサマンサを狙っているのは間違いなさそうね」

「その様です」


 ついに書類の山を片づけたケイトは、寝室でイライザに背中と腰をマッサージしてもらいながら、厄介そうな様子でイライザから受けた報告に顔をしかめた。


「セシリアに外出を控えさせましょうか」

「それが一番安全なのだけれど、あの子の趣味を制限したくないのよね」

「で、ございますね。――少々強く押しますね」

「――もう少し強くて良いわ。他の誰かを着かせるにしても、人数も武装も限られてしまうし……」


 肩甲骨の上辺りを指圧されて気持ち良さげに息を吐きつつ、ケイトは眉間にしわを寄せて思案顔をする。


「いっそのこと捕まえて吐かせ、スカルズ家に乗り込むというのは?」

「それは良いわね。私がおとりになって罠にかけるわ」

「お嬢様。流石に私は承服しかねます」

「イライザと同感です。お嬢様」


 いきなり突拍子も無い事を言いだしたケイトに、イライザとドアの近くにいたアイリスはすかさずそう進言した。


「本人出すわけにもいかないし、身長的に変装出来るのは私だけじゃない」

「ですが……」

「何かあってもイライザが守ってくれるじゃないの」

「それは無論でございます。お任せあれ」

「止めて下さいよイライザ……」


 ケイトから絶対的信頼の眼差しを向けられ、イライザはあっさり意見を変え、流石のアイリスも呆れた表情を見せる。


「ではかつらをご用意致しませんと」

「そんなにすぐ出来る物じゃあ無いわよね」

「と思われます」

「あのですね……」

「イライザ、セシリアのメイド服を」

「はい。チェルシー、ちょっとよろしいですか」

「お話は聞いておりました。お嬢様、私もお守り致します」

「ええ。心強いわ」


 寝室の南側にある化粧の間を掃除していたチェルシーが、イライザの呼びかけに素早く現われて答えた。


「チェルシーまで……」

「そしてこんな事もあろうかと、こちら揃えております」


 チェルシーはその両手にメイド服と、アイリスと同じ赤毛の長髪かつらを持っていた。


「チェルシー、どんな備えなのよそれは……」

「万が一のときのカモフラージュ用ですお嬢様」

「なるほど」

「流石。準備が良いですね」

「ですから」


 ノリノリの3人をアイリスがなんとか諫めようとする中、


「失礼致します――って何やってんです?」


 悩んでいる様子でしかめ面のサマンサが入室して来て、わちゃわちゃしている4人に目を丸くする。


「見ての通り、セシリアの変装よ」

「そっすか。……ところでお話がありまして」

「何かしら」


 かつらを被っているケイトがあまりにも堂々と振る舞うので、サマンサはそこには何も言及せずに話を進める。


「一連の話で、セシリアかアタシが狙われてるのって、セシリアに言った方がいいんですかね?」


 自分はともかく、セシリアが怖がるから言いたくないが、言わないのも不誠実ではないか、とサマンサは苦々しい顔つきをしつつ言う。


「どうするかはタイミングも含めてあなたに任せるわ。どっちにしろセシリアには怖い思いはさせないもの」

「何故なんで?」

「私が変装して囮になるのよ」

「そっちじゃ無くて、なんで任せるかって話です。――てか、一番嫌がると思うので囮作戦は止めてやってくださいっす」

「セシリアの事一番分かってるのはあなたでしょう?」

「いや――」

「今、一番嫌がる、って言ったじゃない? それが証拠よ」

「別に、確証なんかないっす――」

「お、おおおお嬢様を危険にさらすぐらいならっ、私がやりますからっ」

「ね?」


 勝手な想像だから、と言い切る前に、半開きの扉から話を聞いていたセシリアが小刻みに震えながらも力強く宣言し、ケイトはウィンクをして小さく笑う。


「分かったわよセシリア。変装はやめておくわ。でも、あなたはちゃんと守らせるから」

「はい……」

「もちろんアタシが一番近くで守るからな」


 最悪、差し違えてでも、という覚悟の言葉は飲み込んだサマンサに、


「はいっ。心強いですっ」


 そんな覚悟を知るよしもないセシリアは、全幅の信頼を寄せて彼女を見上げて言い、その手を両手で包むように握った。

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