不穏な追跡者 1

 アイリスも一緒にゆったりとティータイムと歓談を楽しみ、各自仕事に戻った後の事。


「メイドにつきまとう不審者? またテロリストかなにかなの?」


 使用人達からの報告をイライザから上げられたケイトは、書類仕事をこなしながら怪訝そうなシワを眉間に寄せて訊く。


「いえ。そういった者達ではありませんね。少なくとも貴族の手の者ではあるようです」


 主人の問に対してイライザは、その怪しい人物達の乗っている、生産台数が少ない車両から推測した事を言った。


「そう。でもそんな格の連中がつきまといなんて、引き抜き狙いかしらね」

「であるとしても、迷惑な話でございますね」

「全くね。少しでも怪しい動きしたら、それなりの対処をして頂戴」

「はい。使用人達へ通達しておきます。一応、どの家かまでお調べ致しましょうか?」


 迂闊うかつすぎる相手に対し、ケイトの渋面を目にしたイライザはすかさずそう提案した。


「お願いするわ。文句の1つぐらい言わなきゃ舐められるし、気が済まないもの」

「お任せ下さい」

「ええ。……はあ、全く。この忙しいときに……」

「お気持ち、お察し致します」


 ケイトの指示に一礼したイライザは、頭が痛そうに言う彼女へ一礼して言った。



                    *



「えっ、ご飯の分無くなってしまったんですかっ?」


 ミルクとティーのご飯の用意を頼もうと厨房ちゅうぼうにやって来たセシリアは、シェフのボブから気まずそうに、自分がうっかり食べてしまった事を素直に白状した。


「いやぁ、ガチで申し訳ないっす……」

「いえいえ……」

「責任持って買わせに行くから、どうか許してやってくれ」

「あわ……」


 どこまでも申し訳なさそうなボブと、仲立ちに入ったエリオットに謝罪され、


「そこまで謝られないで下さいっ。私ももう少し分かりやすくしておけば……」


 大して怒っているわけではない事をセシリアはアピールする。


「買いに行くのは私が行きますから……」

「じゃあ、せめて金は出させて下さいっす」

「えっ、あっ、どうも……。じゃあその、後で使われた分だけご請求しますね」

「本当に申し訳ないっす……」


 その条件で手を打ったセシリアは、いつも通りネイサンに車を出して貰う事になったが、ケイトからサマンサを連れて行く様に通達があった。


 普段は1人で行くので、セシリアは急にそういう話になったことについて、移動の車中でサマンサに何か知らないか訊ねた。


「なんか不審者情報とか言ってたな」

「ひえっ……」

「つっても、別にいきなりドンパチする様な連中じゃねえらしいから、そこまでビビらなくていいと思うぜ」

「そうなんですか」

「……まあ、なんかあったらアタシが守るからよ」

「ありがとうございます……」

「人間しばく仕事なら得意だからな」

「あっ、はい……」


 しれっと物騒な事を言うので、セシリアは反応に若干の戸惑いを滲ませながら、


「えっとその、頼りにしてますのでっ」


 ぎゅっとサマンサの手を両手で握って、彼女の顔を見上げて小さく笑った。


「おう。任せとけ」


 期待されている、という事を感じたサマンサは、それが揺らがない様に威勢良く答えた。


 とは言うものの、アタシは超人染みてるわけじゃねぇんだよな……。バケモノみたいなのからセシリアを守れる自信ねぇな……。


 シレイヌに手も足も出なかった自分と、そんな相手をあっさりねじ伏せてしまったイライザを思い出してサマンサは内心自嘲する。


 せめて差し違えてでも守れるぐらいは強くならねぇと……。


 窓から丘にある牧草地の景色を眺めつつ、そう誓ったサマンサにセシリアが寄りかかってきた。


「なん――って寝てるのか……」


 自身より2回りほど小さな彼女に視線を向けると、セシリアは疲労困憊といった様子で眠っていた。


 苦労かけて悪いな。アタシがアテにならないばっかりに……。


 買い出しに出かける前、サマンサはまたバケツを蹴飛ばしてカーペットを汚してしまい、その後始末にセシリアを右往左往させてしまっていた。


 サマンサは膝の上に丸めていたコートをセシリアにかけ、あごに手を当てながら再び外を眺め始めた。


 彼女の脳裏に、セシリアがケイトに拾われる前に務めていた家での事がふと浮かんだ。


『一体、何度言えばお前は分かるんだ!』

『申し訳ありません……』

『こうも毎日の様に問題を起こして、ご主人様も大層ご不満なんだぞ!』

『申し訳ありません……』

『謝っていれば許されると思っているのか!』

『そ、そんなっ。滅相も……』

『嘘を吐くなッ!』


 自己主張に乏しいセシリアは、他のメイド達からミスの原因や苦手な仕事を押しつけられても否定出来ず、使用人を取り仕切る執事長から毎日怒鳴られていた。


 頻繁に厨房ちゅうぼうの裏口で叱られている様子を、サマンサは巡回の際に遠くからその様子を頻繁に目撃していた。


 可愛そうだとは思っていたが、警備員と使用人は私語を慎む様に、という規則があり、サマンサは大して相談にのってあげることが出来なかった。


「……あのときは悪かった。抜け道はいくらでもあったのにな」


 サマンサはかなり小さな声で、口を半開きにして寝ているセシリアへそうささやいた。


「愛、ですかね?」

「はったおすぞ」

「おわっ、掃除するの私なんですよ……」

「しらん」


 その声が聞こえたネイサンが、見透かした様なしたり顔でキザなことを言うので、サマンサは運転席の背もたれに蹴りを入れた。


 牧草地帯を隔てる小山を貫くトンネルを越えると、石造りの建物が建ち並ぶ首都の市街地へついた。


「セシリア。そろそろ着くぞ」

「――あっ、はひっ」


 ガッツリ熟睡していたセシリアは、目をかっぴらいて口元の涎を拭った。


「あっ、涎垂れてませんかっ?」

「大丈夫だ。ちょいちょい拭いてたからな」

「ハンカチ、洗って返しますから……」

「いや、セシリアの使ったぞ」

「な、なるほど」


 サマンサは焦った様子のセシリアへ、ちょっと雑に折りたたまれたハンカチを彼女に返した。

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