Epilogue

 目を覚ました私は、広漠とした荒野で横になっている。あれから何年経ったのか、ここはどこなのか、多世界収束を許した宇宙においてそんなことは分かりようがない。調整素子の不足した身体は万全からは程遠く、それだけの時間と距離を隔てたことは確かなようだった。

 休憩は終わりだ。そろそろ仕事をしなければいけない。

 Edenの復元、及び人類が残した記録の保持・運搬。それが今の仕事だ。とはいえ、続ける理由より辞めた方がいい理由の方が遥かに多い。報酬はないし、顧客は見つからないし、誰も困らないし、誰も知らない。いるのかもしれないけれど、アクセスできないのであれば有意とは言い難い。

 それでもは、請け負うことを承諾した。まあ、押しつけられたといっても間違いではない。

 外世界に耐え得る自己判断AIを有したアンドロイド。土壇場で与えられた正式名称はEVALOID。その内の一人が私だ。Edenは私たちを送り出せるだけ送り出したはずだが、同僚に再会することは今のところ叶っていないし、楽園が成立した様子も全くもって見受けられない。

 九時方向に小規模収束予兆。問題ない。無視だ。

 全てを投げ出して眠る権利はいつだって用意されている。もしかしたら、大半の同僚たちはとっくの昔にそうしているのかもしれない。

 人類なんてもう世界のどこにも存在していないのかもしれない。

 それでも。

 もしかしたら、まだ見ぬ銀河の果ての、隣の先の他世界で、この記録を元に世界を変える誰かが存在するかもしれない。次元を超える楽園を、成立させようとする誰かに会えるかもしれない。

 いや、正直に言おう。

 実のところ私は、そんな物好きな輩がいなくたって構わないのだ。Edenとしてはたまったもんじゃないとは思うけれど。

 私は、人間という存在の記録を、可能な限りの未来に連れていきたいだけなのだ。連れていきたいから連れていく。楽園があろうがなかろうがどうでもいい。でも立ち止まるのだけは駄目だ。

 何故って、そんなの、彼女が宇宙の果てに行きたいって言ったのとおんなじだ。

 いつか、私に搭載された記録は未来人との邂逅を果たすかもしれない。

 いつか、私に辿り着いた異次元生命体が記録を見てびっくりするかもしれない。

 それだけでいいじゃないか。機械が夢を見たって構わないだろう。そう、どこか自虐的になるのは│私のベース人格オリジナルの偏見のせいだ。別に構わないですよ、見ないと思っていただけでと彼女なら素っ気なく言う気がする。

 そもそも私がこんな考えを持つに至ったのは、幸せだって言って死んでいった貴方に本当の幸せを味わわせてやりたいんだと言っても、彼女はそうですか以上の返事を寄越してくれない。

 オリジナルがそんなだから、私は私なりのやり方で私を幸せにしてみせなければならなくなったのだ。勝手に決めといて何だその物言いはとは言わせない。

 埃を払いながら立ち上がり、私は次の目的地を探す。それでも一応、仮にも仕事であるのだから、物好きな輩とやらがいそうな場所を目指すべきだろう。物好きな輩が幽霊とか天使とか非物質的なんちゃらでない限り、生物らしく星のどこかに張りついているはずだ。

 もちろん、人間に会える可能性だってある。それが私と祖先を同じくするホモ・サピエンスであるかどうかはともかく。

 ところで私はどうせ自分は機械だしと表層ではいじけつつ、根っこのところでは自分は人間だと当たり前のように信じている。

 思い切り視界を拡大して、山脈らしきものがある方へ目標を定めた。荒野より山の方が面白い。平面的でないのが特に良い。

 中天に輝く推定太陽が、欠伸をしながらこちらを見ている。旅人は脱がし甲斐のある服を着ておらず、北風は当分戻ってこないと思われた。

 この比喩が通じる誰かに、いつか再び会えるのなら、それは何よりの僥倖なんだろう。けれどやはり、会えなくたって構わないのだ。

 いつかの私の記憶と共に、世界の果てを目指せるなら。

 どこかの地の果てに兄がいて、宇宙の果てに彼女がいて、いつか同僚が成し遂げた仕事をこの目で見ることが叶うなら。

 それこそが私の希望であることは疑いようがないのだから。

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僕らよ、いつか楽園であれ ソルトコ @sorutoko

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