エピローグ こたえ

「……それで同好会の廃部は先送りになったと」

「さすがに警察から感謝状を貰ったんじゃ、早々に潰すわけにもいかないんだろうな」

 普段の生活が戻ってきて数日が経ち、ようやくモールでの出来事を過去のものとして感じられるようになっていた。伊吹のことに関してはまだしこりが残る部分もあるが、それも時間が癒してくれるだろう。今は何気ない幸せを大切にしていきたい。

 それにしても、こんな風に蓮と二人で朝食を摂るのは、なんだか久しぶりのように感じる。

「その避難活動の手伝いをしたのって、柊って人と都乃衣って人なんでしょ? 叶真は何やってたんだよ。やっぱ呑気に傍観してた?」

「『やっぱ』ってなんだ『やっぱ』って……。これでも俺も頑張ったんだぞ」

 そうだ。異端能力者と戦って、誰一人として犠牲者を出さずに捕まえたんだ。感謝状なんてレベルじゃない偉業を果たしたんだぞ。馬鹿にされる言われはない。

「だったら何をしてたのか話してみろよ」

 俺が作ったベーコンエッグトーストを食しながら、取り留めのない風に聞いてくる。

 マジでそのベコエ、今からでも返してくんね。

「いや、それはできないかな……」

 WPOとか異端能力者とか特殊能力とか、それを部外者に話すのは禁足事項なのだ。

 まあ都乃衣先輩や柊の前で能力者と交戦したこともあったが、あれに関しては、俺はケンカが強いということで話をつけている。

「あっそ。まああんま興味ないし」

 蓮は思いのほかあっさりと引き下がった。あるいは言葉通り、俺の活躍については興味がないのかもしれない。もう少し兄を敬ってもいいのに。昔はかわいかったのに。

「それはそうと叶真さ、俺の相棒の『ユーカ』と会ったろ?」

「へ? なんでお前が知ってんの」

「昨日そういう話になったんだよ。あと、尾けてたのも全部知ってるからな」

「マジで? なんでバレたんだ……」

 我ながら、あの日の尾行テクは中々のものだと思ってたんだが。なんなら探偵業についてちょっと調べたくらいだぞ。卒業したらその道に進むのもアリかと考えていた。

「後ろで女の人とイチャついていたし、そりゃわかるっしょ。逆にバレてないと思ってた方が驚きだわ」

「イチャついてるってなんだよ。そういうのを『スイーツ』って言うんじゃないか」

「うん、そういうことでいいよ」

 この野郎……その牛乳、明日から薄めてやろうか。

「余計なこと話してないよね?」

「あーまー、蓮のことよろしくって言っただけだよ。大したことは話してない」

 そもそも正体が結香だからな。弟のことをわざわざ話す理由もない。

 あのときはいちいち驚いてる暇はなかったが、まさかあいつがオンラインゲームをやっていて、しかも蓮と知り合いだったとはな。世間とは狭いものである。

「ならいいや。つーかそもそも、わざわざ話すようなこともないもんな」

「ああ、はっきり言って、お前はゲームをやっている印象しかないよ」

 俺は自分の分の食事を終え、そろそろ家を出る準備をしようかと席を立った。

 すると、まるでタイミングを計ったかのようにスマホが着信する。

「ちょっと失礼するわ」

「うん」

 テレビに視線を移す蓮を残し、俺は一旦自室に入った。

『おはよう』

 スマホの向こうから女の声が聞こえてくる。

 先日までは俺の様子を気遣って家まで迎えに来てくれていたが、今日はあくまで電話のみの連絡だった。元々俺たちはいつもこんな感じで連絡を取り合っている。

「なんだよ。また任務でも入ったのか?」

『うーん。そこまで大きいことでもないし、急を要するってわけでもないんだけどね。あとで結香も入れて集合できないかなーって思って』

「それ、朝早くから電話する必要があることか?」

『……え?』

 声色に焦りが生じる。自分が要領を得ないことを言っていることに気付いていなかったようだ。早朝で寝ぼけているんじゃないか。

『あーいやー、実はさ、あなたの声が聞きたくなって。最近あんな感じだったからね』

「なら最初からそう言えよ。回りくどいな」

『いや任務ももちろんあるんだよ!?』

「わかってるって」

 そんな恥ずかしそうに言わなくても、俺だってお前の声が聞きたかったさ。

 俺の傍に居てくれるお前の声を聞くと、こう……安心するからな。

『……あ、ごめん。名前言うの忘れてた。逢河だよ』

 逢河は急にわざとらしく言う。

『吉祥だよね?』

 俺はそれを理解した上で、逢河の『ソレ』に付き合ってやった。


「うん、吉祥だよ」

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