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 その日はやけに、車道の車が多かった。


 バス停にも発車しないバスが幾つも連なり、歩道を歩く人の数も多すぎた。


 今日は東京マラソンの日だったか? 時期が違う。何かの祭りだろう。こんな大規模な祭りがあるなど、勇次は知らなかった。


 これが、急遽開催された一大イベントだと知ったのは、学校に行ってすぐだった。


 既に教室中の話題はそれに独占され、誰しもがスマホを片手に情報を得ようと試みている。

 

「大規模、検問?」


 ネットサイトを開くや否や、そればかりが列挙していた。あらゆる情報機関、ネットサイトの稚拙な記事でさえ全てそれ一色になっている。


「なぁ、松樹、どうなってんの? これ」


 学生に聞かれたが、勇次は首を振った。


「……俺に、聞かれても」


「そっか。官僚でも、まぁ、息子に簡単に話す事でもないよな」


 何人もの生徒に同じ質問をされたが、この解答通り。そんなもの、息子であろうが知っているはずも無かった。


 授業中にネットから得られた情報が、勇次の持つ全ての情報だった。


 囚人が、移送中に脱走した。

 囚人は、世界最高の懸賞金が掛けられている。

 凶悪犯。

 ネット犯罪者?

 男らしい。

 女らしい。

 

 つまりは、不明。

 唯一確実に見える情報とすれば、囚人が脱走した、というワードくらいか。

 

 警察庁長官の緊急記者会見が、もうすぐ始まるらしい。


 勇次は仮病を装い授業を抜け出すと、サークルの部室へ走った。


 案の定、全ての部員が集合してテレビの前に屯していた。


「ん、勇次君も来たのね」


「そりゃあ、勿論。こんな大事になっているのに、授業なんか聞いていられませんよ」

 口早に言った。


 すると、テレビの一番前に陣取っていた小柄な少女、聖が鼻をひくひくと動かし、ゆっくり振り返る。


 その表情に、心臓が鳴った。


 まるで動かない顔の筋肉。


 無感情に動くだけの口。


 見た、情景だった。


「女と、石鹸と、タンパク質の匂い。風俗にでも、行ってきたの?」


 直視された瞳は、全てを見抜いているかのようだった。


「まさ、か。行った事、ないし……。てゆーか、こんな時間から、開いてないでしょ」


「空いてるよ。朝は儲け時だったりするからね。今日、この状況下で開店しているかは、不明だけど」


「そう、なんだ」などと言葉を詰まらせていると、聖はテレビに向き直った。よく、世間の男達が言っている「女は、怖い」という言葉の意味が、垣間見えた。


 勇次一人が心臓を鳴らしていると、テレビで政府記者会見が始まってしまった。


 上の空を解消する為、鞄から水筒を取り出してお茶を飲んだ。


 長官は登壇するなり、容易された台詞を話し始めた。


 現状、この検問の趣旨を説明する事はできない。

 ただ、もし不穏な人物を見かけても決して近づかないで欲しい。


 ものの数秒でこれを読み上げ、質疑に対する応答も無く下がってしまった。会見場は大騒動となり、記者達の罵声が飛び交った。


 大混乱。


 全くの説明不足が、余計に増長される。


「何、これ。さすがにヤバイんじゃないの?」


 正子や部員達は口々に不満と推測を話し始める。


 最中、聖の一言が、全ての的を射ていた。


「関わっているのは、日本政府だけではない。

 逃走犯ではなく、指名手配犯。

 それは日本人、というか東アジア系。

 これは、計画されたもの。

 逃げたのは女」


 一瞬にして部員達の会話が止まり、視線が集まった正子が代表して訊いた。


「説明、して欲しいんだけど、いいかな?」


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