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「旅に出よう。誰も、知らない場所へ」


 朝日が差し込む部屋で、勇次はカーテンを開けながら言った。

 散乱したティッシュペーパーを踏み、ボクサーパンツを履いただけの姿で見渡す町内は、いつもの鬱蒼とした景色よりも随分と優れて輝いていた。


 絶世の美女をその手中に収め、姫君を守護する役割につき、彼の世界は今、人生で最も輝きに満ちた瞬間を送っていた。


 振り返る勇次の笑み。


 美紀は淡々と下着を装着しながら、陽気な声で答えた。


「そうだね。隠れる場所があるのなら、行ってみたいね」

「……そう」

 途端、勇次の声が萎れた。


 目の前の映像に、有無とも言えない違和感があった。


 美紀の声は、実に機嫌の良いものだった。


 それにも関わらず、表情の筋肉はまるで動かず、無感情だった。

 喜怒哀楽の全てを無視した面持ち。淡々と着替えを行う様子に、現実というフィルムが音を立てて崩れているかのような既視感があった。


「美紀」

「うん。どこかへ行こう。遠ければ、遠いほど良いかもしれない。そう、例えば……空の上、とか」


 顔が、まるで動かない。


 眉も、鼻孔も、口角も、唇さえも。


 意識の無い人形のようになった美紀は、勇次の元に歩み寄ると、首元に両手を回して引き寄せ、唇を交わし、耳元で呟いた。


「助けて、くれるよね」


 勇次は全力で美紀を抱きしめ、その身、その体温を体に伝わせた。美紀がここに居ると、自身に確信させた。


「当たり前だろ。俺は、美紀を守る。命に代えて……」


 言葉の途中で、美紀が口づけをして舌を絡めてきた。無我夢中で対応すると、美紀はするりと腕の中から抜け、微小した。


 漸く動いた顔に、勇次は安堵した。


「そんなのいいよ。でも、守ってくれるって女子に言った以上、責任は取ってね。期待、しちゃうから」


 心臓が高鳴る。


 美紀は颯爽と部屋を出て行った。彼女が玄関を出て歩道の先へ行く姿を確認し、勇次は猛った。


「おおおおし! やるぞ! 俺は、やるぞ!」


 良い朝だ。


 朝とは、こうでなくてはならない。生きるという全てが始めるこの時に、猛る事ことこそが、人生だ!


「おおおおおし!」


 もう一つ叫び、朝のシャワーでも浴びようと浴室に駆けた。

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