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   ※


「あっそう! じゃあいい! もういいわ! 私だって暇じゃないのよ。アンタにかまってばかりいられないのよ」


「構って、なんて一度も言ってない。主観的客観的一元的多元的相対的絶対的に見て、貴女の方が『かまってちゃん』だから」


「はぁ? 主観的一元的絶対的に考えたら、誰だってかまってちゃんが成立しちゃうじゃない。言葉選びが不適切! それでも作家なわけ? ゴロだけ合わせりゃいいってものじゃないのよ!」


「……うざ」


 いつもの様に聖をやり込み、美紀は腹を立てて帰っていく。


 これだけ見ても、美紀は強い人間だった。


 勇次は美紀の後を追い、肩に手をかけた。


「待って、美紀」

「何よ!」


 振り返った顔には怒りも満ちているが、その奥の瞳に力が無い。


 美紀は部室棟の玄関を出ると立ち止り、二歩三歩下がって勇次の前に来た。


「演劇部……あいつ、毎日来て……」


 美紀を抱きしめ、耳元で囁いた。


「うちに、おいで。俺が守るから」


 いくら気丈であっても、中身は十代のか弱い女子。


 美紀を守る事が、松樹勇次の支えにもなった。


 ずっと不遇だと思っていた。


 父は駄目で、母の過度なストレスは自分に向けられ、やりたい事も目指せない人生になっていた。


 劉生の父は、今年から捜査一課長に任命されたらしい。最年少の捜査一課長であり、数々の表彰も受けている警察界のトップスター。


 息子の有能さも、奥様会では有名なところらしい。


 故に、母は勇次を警察から遠ざけた。


 昔は違っていたのだが、結果的に、そうなった。


 ただ、勇次は思うのだ。

 何も、全国民を守れなくてもいい。そう息巻いてみても、結局は机上の空論であり、人は目に映る人間しか守れない。


 美紀を抱いて、そう確信できた。


 目の前にいる、彼女を守れれば、それでいい。

 まずは、そこから始めるべきだと決心した。

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