第28話 正義の押し付け 倫理の守護者
凶熊が転倒した。
8本の手足のうち6本が動かなくなり、残りの2本もボロボロでまともに動かせなくなっていて、奴は這う事もできなくなった。
距離を維持しながら背後へ回り込み、回復に使っていた魔力の大半をライトランスの使用へと回した。
脛の高さから奴の尻から頭へと抜けていくライトランスの奔流。
俺ももう、かなり精神が限界に来ている。
エルネシア、ネネ、2人の事を考えている時間だけが心の生きている時間になっていた。
結局あの日から何十日、ひょっとしたら何ヶ月も経過しているのかもしれない。
ダンジョンワープのない2人ではダンジョンの階を下りるだけでもかなりの手間になる。
ダンジョンだけで2人が生活を続けるのは無理だろう。
それでも2人のメッセージでも残されているんじゃないか、そう思えてならない。
なので1度家へと、休憩所へと帰って2人の痕跡を確かめよう。
だから……
「テメエが生きてると帰れねえだろうがーーー!!」
これまで抑えられ続けていた感情が爆発、理不尽な現実に凶熊に対する怒りだけでなく、恋人達に会いたいという恋慕、これで決着だと思う闘志、それらが混じり合い不撓不屈の効果から外れた。
「うおおおおおおおおおおお!
最初の攻撃で背中から心臓を、次の攻撃で頭を破壊されて凶熊は一切の痕跡を残さず消滅した。あとには一本の革ベルトが残されていた。
変身ベルト(凶熊)
鑑定でも名前しか出て来ない、育ててないから仕方ないか。
ベルトを拾うと勝手に腰に巻き付いてきて消滅した。
「なんなんだよ一体」
変身ベルト(凶熊)。
変身の掛け声とポーズを並行して行う事で、自分サイズの凶熊に変身できるアイテムのようだ、変身ベルトが俺に融合した事でその能力と変身ポーズが理解できた。
当然変身解除も可能だ。
左の拳を左の腰に、右腕は指を伸ばして左上に掲げて変身ポーズ開始。
変……と言って溜めながら右腕を右上まで移動させる。
身! と力強く言いながら右手を拳に変えて腕を縦にして肘を曲げながら体に引き寄せる。
左拳は腕を水平にして右肘付近に持ってくると完了。
自分の身体が文字通り凶熊へと変化していく。
ツベで見た歴代変身ヒーローの変身シーンでこんなポーズ撮ってたよな、我2つ3つ先の元号生まれぞ?
こんな古臭いポーズだけの変身に……
「燃えない男がいるかよ! 変……身!!」
ゾワゾワっとした感覚のあとに腰の少し上とその間に腕が生えてきたみたいだ。
変身が終わると全身が漆黒の体毛に覆われていて6腕2脚の怪生物になっていた。
鏡がないから顔は見れない。
触った感触や目に映る鼻から熊になっなんだろうと理解できた。
手足の動きに違和感はなく生まれ持ったかのように自由に動かせる。
それらの何よりも凄いのは、この溢れるパワー!
倒すまでにあんなに苦戦した凶熊のスペックを、そのまま俺に上乗せしているのだ。
言うなれば、変身後はセカンドフォームの強さから開始したファーストフォーム。
凶熊のパワーに総職系男子の全能力が上乗せせれている感じ。
相性で勝っただけで俺の実力は凶熊よりも遥かに格下だから、この表現の方が適当だ。
誰かに見られたらモンスターと間違われるので変身解除して走り出す。
晴れやかな気分で俺は南を目指した。
△△▽▽◁▷◁▷
凶熊討伐後20日前後走ったある日、遠くの空に立ち昇る煙を見つけた。
「村か、もしかしたら現在地がわかるかもしれない。魔法での労働を対価に話しが聞けると良いんだけど」
追われている間はあれほど無言だったのに、変身ベルトを手に入れた今では独り言の癖がついちまった。
隠密行動時には気を付けないとな。
樹皮の腰巻きと石斧だけの姿に偽装して村に近付く。
日本でなら不審者極まれる格好だが元々全裸だった事を考えれば問題あるまい。
むしろこれだけしか文明開化できてないのに生き延びた者として良い方向で迎えられるかもしれない。
そんなプラス思考で村まであと2キロを切った辺りで、浮かれた気分は消えた。
一部の男が裸の男達を鞭打ち働かせながら、交代で女を弄んでいたからだ。
方角は知れども現在地は不明。
家を置いたダンジョンにはまだかなりの距離があるかもしれない。
南の海岸線に出たとしても、そこから西なのか東なのか、どっちにダンジョンがあるのは移動してみないとわからない。
帰るまでにあとどれだけ必要なのかもわからない。
だけど、この目の前で行われている非道を見逃せるほど俺は人でなしじゃない、人間辞めてねえ!!
「変……身!」
変身とともに走り出し8つ足状態で全力疾走、韋駄天の効果もあってかものの1分で村に突入し、誰も傷つけないように暴れる振りをしていく。
「ゴガァァァーーーー!」
「ヒィィィッ、モンスターだ、男奴隷は攻撃しろ囮になれ、女は集まれ逃げるぞ!」
あの男がリーダーか。
攻撃しろと命令され、泣きながらや絶望しながら素手で殴りかかってくる裸の男達。
鞭を持ち服を着ていて逃げ惑う男達。
怯えて動けない女達と、彼女達を庇うように前に立つ女達。
他に見逃しはないか……居岩。
スッスッと地面から4枚の岩壁がせり上がって蓋がされるまでだったの2秒。
俺が認識した彼等は個人と集団の差はあれど皆等しく箱に閉じ込められた。
ただ1人、この環境のリーダーを除いて。
リーダーも岩壁に退路を阻まれたが頭上に蓋はなく、一方にだけなら進む事ができる長方形の箱に閉じ込められていた。
ツルツルの壁の高さは10メートルもあるので登れないようで、破壊しようにも厚さ3メートルの岩を砕けるほどのパワーもないようだ。
手足を突っ張って壁を登ろうにも、摩擦がなさ過ぎて手での張り付きすら維持できていない。
逃げられないと判断したので、長方形の箱の反対側からゆっくりと歩いてリーダーに迫っていく。
歩くたびに後ろに壁を出し僅かな希望も潰していく。
「お前がここの支配者か、死にたくなければ答えよ」
「ギャァァァァァァァァァしゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うるさい、ダークショット」
男に荷重を与える闇属性の攻撃魔法を使用し、地面に縫い付けて黙らせる。
凶熊のシルエットからも闇属性魔法はイメージにピッタリだろう。
「なぜ男を攻撃して女は攻撃しなかった、同じ男なのに攻撃していた者とそうでない者の差はなんだ」
モンスターを偽っているので質問の方法を選ぶ必要はあるのが少し面倒か。
「俺達は選ばれた人間だから、女は力ずくで組み伏せたり騙して奴隷にしたし、気に入らない男なんて奴隷にして働かせて気まぐれに攻撃しても当然なんだよ!」
「我等に差はない全てお前達の言うモンスターだ、なのになぜ人間には差がある、お前達は誰に選ばれた」
「人間には賢いのとバカが居て、力が強いのと弱いのが居る。だから賢いのが強いのを従えて他を管理させれば賢いのと強いのは楽して生きられるし、バカと弱いのは俺達のために働いて当然なのに逆らうから奴隷にして命令をきかせるんだよ」
「ああつまり、お前達はクズなのか」
グシャッ!
冷めた頭でリーダーの頭を踏み潰す、こいつ等に生きる価値はない全員殺す。
リーダーの死体を持って箱に飛び乗ると蓋を消し中を確認する。
服を着た男達の中に死体を捨ててファイアタワーで焼き尽くす。
全ての箱を確認し終えたので魔法を解除して支配されていた彼等を開放し、目の前で変身を解き割れる人垣を通って悠然とした態度で南へ向かって歩く。
まだ子供。
本当に人間なのか?
聞こえる声を無視して歩いていたら、何人かの男女が正面に回り込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。