第27話 闘走



 2人へ

 モンスターの位置を把握するだけのはずの索敵が、俺を絶望させるくらい強力な死の予感をさせるモンスターが近付いていると知らせてきた。

 あらゆる可能性を考慮しても全員が無事に生き残る方法はない。

 だから俺は、お前達を残して逃げ続ける道を選んだ。

 奴の注意を引き続け逃げ続ける道を。

 だから俺の生存は諦めて、待たないでくれ。

 2人の生き方は2人の物だ、自由に生きるのも良いが俺の望みは違えず叶えて欲しい。

 追伸、エルネシア一般人


 △△▽▽◁▷◁▷


 エルネシアとネネを休憩所に隠してから南西に走り出した俺を出迎えたのは、6腕2脚の漆黒の熊だった。


「鑑定!」


 すかさず鑑定(モンスター)を使用してモンスターの情報を得ようとする。


 凶熊。


 生憎、魔物使いのレベルが低いのか名前しかわからない。

 レベルといってもパラメーターがあるわけじゃない、感覚的なものだが。

 背後100メートルには無人の我が家があるので、まだまだ西へ走らなければならない。


「くらえ、この極限日サロ熊野郎が!」


 ファイアショット、ランス、ボムから、ウォーター、エア、ロック、ライト、ダーク、アイス、サンダーまで全属性の攻撃3種類をそれぞれ一発間隔を空けて放ち、凶熊に対しての効果を目で確認しながら西へ走る。


 体を前に倒し4つ足ならぬ8つ足になって凶熊は追ってくるが……速い。

 迅戦士なんて高速戦闘が得意そうな職業を持っている俺よりもなお速い。


 韋駄天

 超速

 体力消費軽減(特)

 体力自動回復(小)


 神様、サンキュー!!

 総職系男子が今最高に必要な職業をプレゼントしたくれた。

 調べなくても効果は実感中、俺の全速力が凶熊の全速力と同じになったのを確認したし他2つは見てわかる。

 互いに速度に違いはないと理解したのか、凶熊は速度を落とし体力を温存する気のようだ。


 俺は凶熊よりも少ない体力を僧侶の術で回復させる。

 回復は中回復、大回復よりも回復量は少ないが最もコスパの良い術なので、魔力を節約したい長期戦向きだ。

 回復系の術なら疲労や睡眠不足も回復させるので連続徹夜でも平気になるし、肉体的精神的に病気等になっても状態回復で治療可能だ。


 走りながら体力と魔力の使用量と残量を管理しつつ、不定期に最も効果のあるように見えたライトランスを使い光で奴を貫いていく。

 属性最速の光属性は文字どおり光速の魔法で光ったと認識したら既に届いた後だったとなる魔法だ。

 それでもショットとボムでは体毛か持ち前のタフネスにより防がれたが、唯一貫通する性能を持つランスは体内を通り抜け僅かながらダメージを与えていた。

 これまでは強過ぎるが故にダメージを受ける機会が極端に少なかったんだろう、だから痛みを堪えきれずに身をよじった。


 奴がダメージを偽る知能の高さを持つなら、不自然に現れた俺を追い続けるまねもしてないだろうからな。逆に距離を取る、隠れる、東に進む等の行動を取らない事がその証明になると思う。

 実はさらにその裏をかいて、なんて考えだしたら疑心暗鬼が止まらなくなるので考えるのを止めた。

 8属性のシールド、ウォール、ドーム、ピラー、タワーも試してみようかと思ったが、どれもライトランスよりも魔力効率が悪そうなので止めた。


 これはゲームじゃない、魔力管理を失敗すれば死ぬんだ。

 なるべく良い効率を求める必要はあるが、最高効率を発見しても魔力が足りなくて死にましたじゃ意味がない。

 リトライがないからこそ、慎重に重きを置いて行動しなくてはならないのだ。

 羊皮紙の書き置きにはあんな風に書いたけど、俺だって死にたくないし生きて2人の下に帰りたいんだ。


 だから俺は走り続けながら、時々凶熊にライトランスを放っている。


 △△▽▽◁▷◁▷


 あれから10日以上が過ぎた、思った以上に辛い。

 下半裸の状態で靴も履かずに凶熊の囮になって走り続けている。

 汚い話しだが排泄の問題があって垂れ流しにするしかなかったからだ。

 これが創作で同じ状況なら倉庫の物を食べて魔法で水を飲むだけで済むが、現実になると入れたら出る。

 しかし凶熊に追われていて止まれない。

 だから下を全て収納して……魔力の節約に浄化も時々しか使えていない。具体的には数日似1度が限界。


 飲食、最初これが走りながらだとかなり難しかった。よくマラソン選手は走りながら飲んだり食べたりできるよなと思ったもんだが、少し違った。

 コップに入っている水かスポドリとバナナだけだったなと。

 ウォーターシールドを空中にあるまま収納して水は確保。

 蜂の巣から蜂蜜だけを取り出せたように一部だけを、一口分を口内に取り出して飲む。

 同じようにして食事も取った。

 ピーマンそのままとか、不味いし種がうえーってなるけど我慢して全部食った。


 逆に良かったというか楽になった部分もある。

 全て予想ではあるが職業にも見えないレベルが存在する。

 これは道具職人なら道具を作ったり修理手入れをする事で経験値を得て、レベルアップするんだと思っていた。


 そして戦士なんかは、モンスターを倒すしか経験値を得られない、レベルアップできないと思い込んでいた、一般的なゲームがそうであったから。

 だが違った、剣の素振りを続ければ極僅かではあるが剣の腕は上達を続ける。

 それは一目で判断できる上達ではないから、剣の腕前というパラメーターが隠されたゲームなら、初見では判断ができずに無駄と切り捨てたかもしれない。

 つまり経験値は経験中に得られるもので、レベルアップは常にし続けているのだ。

 ゲームみたいな明確なレベルアップで言うなら、次のレベルまでの1兆分の1の能力上昇を常に続けていると思えばいい。

 ゲームで例えるならレベルアップしたから能力が上昇するのではなくて、強くなったからレベルの、表示がアップしたんだと。


 何度もゲームの知識常識だけで判断せずに、現実に落とし込まなければと思っていても難しい。

 今主に増えているのは体力、魔力、走力だが、走り続けているので体は全体的に少しタフになったし、精神的にも強くなったのか不撓不屈のマイナス感情に成る前のストレスもかなり減った。

 それでもギリギリの綱渡りから、手すりのない細い吊橋になった程度だろう、相変わらず油断したら死ぬんだから。


 逆に凶熊は少し動きが鈍くなった。

 モンスター故に飲み食いの必要がなく体力が有限なのかも不明だが、ライトランスで蓄積されたダメージは確実にその命を削っているようだった。

 モンスターに筋肉や骨があるのはオトが骨折して証明しているし、切れば出血だってする。

 消化器官等ほとんどの内臓がなかったとしても、心臓と肺くらいはあるだろう。

 もしかしたらそれが少しは傷付いたのかもしれないが楽観視はできない、凶熊が倒れ消滅するまでは戦い続けなければならない、別れを告げた2人のためにも。


 △△▽▽◁▷◁▷


 さらに数日が経った。

 さらに……

 さらに……

 さらに……


 あの日走り出してから一体何日経ったんだろう、探索者は時間を教えてくれても日付けは教えてくれない。

 凶熊は右の1番上と左の真ん中の腕が折れたのかなんなのか、いつの間にか動かなくなっていて邪魔そうにブラブラ揺れている。


 △△▽▽◁▷◁▷


 今日も村などの集落を避けて凶熊を引き連れるように逃げながらデタラメに走る。

 地図には残っていてもどこをどう走ったのか記憶にない。

 油断が即死に繋がるほど強いモンスター相手に思考停止ができないので、他の思考は極力使わずに凶熊だけに集中しているからだ。


 それにいくら精神的に強くなっても不撓不屈があっても、死を意識させられ続けた脳はストレスにより機能を低下させている。

 狂おしいまでに存在する1つの欲求が、俺の意識を生に繋ぎ止めていた。

 生きていたらいつか2人に会えるかもしれない、一目見るだけでも良いからこの目で2人の無事を確認したい。


 2人と別れる決意をした時、探索者の方向能力から仲間の反応が消えた。

 その時から2人の安否を俺は知らない。

 ネネにはオリジナル魔法の枠が全部残っていた。

 俺のオリジナル魔法は全て説明してあるので倉庫を覚えるだけでもかなり生存しやすくなるだろう。

 ん? ああ、そうか。まだ2人の事を考えている時だけは普通に思考できるのか。

 彼女達の事を思うだけで記憶を振り返るだけで、乾いた心が暖かく潤っていくようだ。


 死ねない、生きる。


 決意を新たにして俺は走り続けた。

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