10-4 古海の覚悟
……五分も経ったろうか。
すべてが終わり突風がやむと、緑の葉に揺り籠のようにくるまれて、ふたりと一匹が倒れていた。周囲にきな臭い香りが漂っている。
「ティラ……ミント」
「ケルちゃん!」
みんな駆け寄った。
最初に動いたのは、ティラだ。直哉に抱かれ苦しげに唸ると、瞳を開いた。灼熱の瞳。その奥は銀。天魔だ。
「直哉……」
震える手を俺の頬に添えると、愛しげに撫でた。
「……もうよい」
燃えるような瞳が、なにか言いたげに陰った。
「あっちの私と仲良くやれ。守護天使カッコ見習いの『ティラ』と。私はこの体から消える。本当の……」
どこかが痛んだのか、言葉を切ると、苦しげに顔を歪めた。
「本当のことを教えてやろう。十三年前、あの出来事で私は思った。人を救うのもいいなと……。それが私の心に渦を作り、分裂して仮の人格が強化されたのだ。人を救う使命が向こうには無意識に刷り込まれ、天使になることを願うようになった。私の目覚めは混乱し、このような事態に……」
視線を地に落とした。
「ティラミンの精神は乱れた。もうどちらが今後の主人格となってもいい。……席を譲るよ、『ティラ』に。私は裏に隠れて消え、天魔はいなくなる」
俺の胸に顔をうずめた。
「お前と……大空を……」
そのまま気を失ってしまう。俺は、思わず天魔を抱き締めた。なんて言ったらいいのかわからんが、とにかく愛おしかったから。
次に動いたのは、ミントだ。苦しげに頭を動かしていたが、ぱっと目を開くと無言で立ち上がった。服についたほこりを、パンパンと払っている。
ケルベロスは起きなかった。三つの首がすべて折れ、口からは血が流れ出ている。傍らにしゃがみ込むと、大きな頭を、ミントはそっと抱いた。
「ケルちゃん……」
いつも無表情だったミントの顔が初めて悲しげに歪むと、涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね……。おじさんのカリカリ、あげられなくて」
「これが……ケルちゃん」
野花が口を手で覆った。
「ならやっぱり、ティラちゃんが天使だっていうのも……」
「本当のことよ。……ミント、そこを空けて」
古海がミントをそっと引き離した。
「あたしがやる」
「あたしがって、お前……」
「直哉、あんたあたしのこと忘れたの。ネクロマンサーでしょ。こういうときに役立たないで、どうするのよ」
「でも……」
「ケルちゃんは冥府、死の国の存在。ネクロマンシーで蘇らせてもゾンビになるんじゃなくて、元に戻るだけよ」
「けどお前、カエル程度しか成功してないじゃないか」
「やるしかないでしょ。他に方法があるとでも?」
睨んできた。瞳に強い決意が浮かんでいる。
「……わかった。俺もせいいっぱいサポートするから」
「うん。お願い。――
俺は躊躇した。いや神社荒らすとか、超絶罰当たりじゃん。
「ほら早くっ!」
大声で命じると、古海はてきぱきと準備を始めた。やむなく俺は、祠の扉を落ちてた枝で叩き割って、中に鎮座していたいたものを持ってきた。
古海はまず、樹の枝を手に、ケルベロスの周囲に晴明紋――つまり五角形の頂点を結んだ
俺から神器を受け取って、ケルちゃんに向かい合うように置いた。黒く、切り口も荒々しい二十センチくらいの岩だ。
「
「これか?」
ポケットから天使の羽のキーホルダーを出して渡す。
「そうよ。天使の贈り物ってことは、それだけで霊力を持つもの」
続いて自分のスマホを取り出すと、操作して画像を呼び出した。炎と鳥、月と太陽が配置された、判じ物のような画像だ。
「これはね、粭島一族の
「画面だけでも効果があるってことか」
「わかってきたじゃない、あんた」
スマホとキーホルダーと岩を三角に配置する。頂点が五芒星の頂点と合わさるように。その先に、倒れたケルベロスの三つの頭が見えている。
「始めるから、邪魔しないでよね」
深呼吸をすると、正座したももの上で印を結んだ。そのまましばらく目を閉じて精神を集中している。それから低い声で呪文を詠唱し始めた。
頑張れ古海。今はお前だけが頼りだ。冥府の番犬を蘇らせるとかいう前代未聞の超絶難しいネクロマンシーに成功して、父親を見返してやれ。
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