9-3 権現山と謎の神社

 三十分も歩かず、頂上に出た。緩やかな低山らしく、頂上はけっこう広い丘となっており、それを利用して隅に神社が――といっても小さな祠だけだが――建立されている。


「わあ、きれい……」


 眼下に広がる緑豊かな市街地と、その向こうの海を見て、ティラが感嘆している。


「聞いてた話より眺めいいわね」


 古海も満足そうだ。


「それになんだか強い力を感じます。パワースポットって、こういう現象を言うのね。なにか心が沸き立つような」

「あんた天使だもんね。感受性が高いんじゃないの。あたしはほんのちょっとしか体感できないわ」


 ぶなにれといった広緑樹の大木が枝を広げているから、ここは涼しい。遠く海から吹いてくる薫風が樹々の葉を鳴らし、涼し気な音を立てている。


 なるだけ平らで下に岩のない場所を選び、シートを広げて弁当にした。おにぎり、唐揚げ、卵焼き、ゆでたまご。アスパラの塩ゆで、じゃがいもソテー、小エビのガーリックソテー。コーヒー。


 前日の夜から下準備して、朝、手分けして大騒ぎしながら作ったものだ。


「よくもまあ、あの貧弱なキッチンでこれだけ作れたよな。短時間で」


 こうして広げてみると、改めて感心せざるを得ないな。


「慣れてきたもの私も。あのキッチンに」


 野花が微笑む。


「あれならもうけっこうバリエーションあるお料理、私作れるわよ」

「そうそう。あたしもティラの使い方わかったし。手先は不器用だけど、天使だけにていねいだから、おにぎりとか握らせると愛情が込もってふんわり仕上がるのよ」

「えへーっ。ほめられましたー」


 ティラはにこにこ顔だ。


「でもおいしいですねえ。やっぱり、こうして囲んで食べると幸せというか……」

「あわてるなよ。唐揚げ落としても知らないからな」

「平気ですよお、そんな心配。……あっ」


 言ってるそばから、唐揚げが箸からこぼれ落ちた。


「私の唐揚げ……」


 涙目になっている。


「諦めろ。それはケルちゃん行きだな」


 猫は夢中でカリカリ皿に頭を突っ込んでいる。そこに直哉は唐揚げを放り込んだ。


 ミントはいつもどおりあまり食べずに、ただじっと神社のほうを見つめていた。古めかしい小さな祠の前に、すっかり黒く古びて崩れ落ちそうな鳥居があり、面足おもだる神社と書かれた額束がくそくが掲げられている。


 楽しい食事に満足すると、それぞれ頂上を散歩し始めた。海を眺めたり、祠を見に行ったり。樹木におしっこひっかけたり。最後のはもちろんケルちゃんだが……。切り株に腰をかけて、俺はティラとこそこそ話していた。


「ねえ、さっき歩いてて思ったんですけど」

「なんだ。アレする気になったのか。へへっ」

「もうっ!」


 腕を組んだ。


「エッチなんだから……。そうじゃなくって、上天の話ですよ」

「だからエッチで未練を——」

「いい、聞いて」


 珍しくティラに無視された。


「成仏を妨げるのは、未練、遺恨、煩悩って、最初に話したじゃないですか」

「うん」

「この間話してて、なにか心にひっかかったんです。だって煩悩が大丈夫なのに、その……エッチなことへの未練だけで、本当に旅立てないものなんだろうかと」

「……うん」

「普通の人にはあんまりないことなんで考慮に入れなかったですけど、遺恨の線をもっとまじめに考えたほうがいいかもしれないわ」

「遺恨……」


 その話になるのか……。嫌な思い出が頭をかすり、俺はうつむいた。


「そう。最初に話したとき、遺恨がないことはないって、話してくれたじゃないですか」

「……」

「あれ誰でしたっけ。たしか……二宮なんとか。そう二宮和晃とか」

「……」

「今、二宮和晃って言ってた?」


 隣の切り株に、野花が腰を下ろした。


「ええ」

「それ、なおくんのお父さんよ」

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