9 妨げるもの

9-1 天使とまったりティータイム

 古海に買い出しを命じられた帰り、俺とティラは、ドーナツ屋でお茶にしていた。古海はとにかくうるさいので、たまにこうして息抜きしないとやってられない。


「それにしても……」


 アイスコーヒーのグラスを、ティラはストローでカラカラかき回した。


「なかなか上に行けませんねー」


 天を指差した。


「きっと……心残りが大きいんだろ」


 知らんがなそんなの。ドーナツを千切って、俺は口に放り込んだ。


「でも……」


 クリームが渦を巻いてコーヒーに混ざってゆくのを、ティラはじっと見ている。


「だいたい煩悩遮断はうまくいくようになったし、もう成仏できるはずなんですよ。だって聖人君主でなきゃ上天できないわけじゃないもん。普通の人でも天国に行けるのに直哉くんができないのは、なにか変。異常な煩悩だって、だいたい人並みになってきたし」

「異常な煩悩ってなんだよ」


 なんやその言い草w


「俺って異常だったのか」

「そうですよ。今だから話すけれど、天上でメーターの針が振り切れて測定器壊れちゃったんだから」


 溜息をついている。


「ほんとかよ」

「上司もあきれてたもん。こんなの百年にひとりの逸材だって。アホのほうの。だからきっと煩悩じゃなくて、心残りが問題かと」

「そうか……」


 改めて観察した。オレンジのピチTにトレンチ風のブルゾン。初夏を先取りした装いだが、ピチTだけに巨乳が強調される。


 こうしてじっくり見ても、やはりかわいい。つまり……。


「なら、あれだな」

「……?」

「異様な煩悩の男としては、いよいよ『する』しかないな。心残りをなくすには」

「心残りをなくす……」

「なあティラ」

「はい」

「お前天使だけどもさ、女子の格好だし……その。……できるんだろ」

「ええっと、な、なにを」


 ティラの頬が急速に赤く染まった。


「その……つまり、アレとか」

「ア、アレ……ですよね」

「アレだ」

「……」

「……」


 ティラは下を向いてしまった。フリルひらひら制服の女子店員が、新商品のコーヒーを、客席にサービスして回っている。俺達の席にも、紙コップをふたつ置いていった。ティラは手をつけないがな。


「で、できますよ」


 ティラが唐突に口を開く。


「できますよ、一応。だって女子だし。こ、子供だって産めるもん」

「なら……」

「お断りします」

「……まだ全部言ってないのに」

「言っても同じです。わた、私だって、好きな人とじゃないと嫌だもん。いくら自分の試験のためだって言っても」


 太ももに置いた左手を、右手でぎゅっと握っている。


「……そりゃそうだよな。冗談にしても酷すぎた。ごめん」

「いえそんな、素直に謝られちゃうと……困っちゃうというか……。出会った頃だったら、絶対怒って胸揉んだのに……。こっこちらこそ、ごめんなさい」


 頭を下げた。


「いいさ。最悪でも、俺ひとりが地獄に落ちればいいだけの話だし。もうじきだろ。偽世界が歪みきって崩壊する期限が」


 俺は試供品を口に含んだ。


「うん。このコーヒー、けっこういけるわ。ティラも飲んでみなよ」

「わっ私が……直哉くんのことを……好き、になったら」

「えっ」

「本気で、すっ好きになったら……その……してもいいもん」


 下を向いたまま、ぼそぼそと話す。


「……そうだな」


 思わず笑っちゃったよ。ほんとにこれ、人間をはるかに超える天使なのか……。かわいいじゃん。


「いつかそうなったらお願いするよ。ありがとう。地獄に落ちてもティラの親切は忘れない。こんないいかげんな俺を、わざわざ天国に連れてこうとしてくれて」

「そう言われると、意地でも昇天させてあげたくなっちゃう。美少女天国にも連れて行ってあげたいし」


 俺の手に、自分の手を重ねてきた。


「なるだけ早く好きになるように、頑張るからね。直哉くん」


 いやそれ違うw


「恋愛感情って、そういうものじゃないだろ」

「そうかな。だってもう少しだよ、多分……」


 天使の瞳は熱を帯びている。いや見つめるな。なんか恥づい。

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