6 本日のオススメ物件「ワンルーム+男湯・女湯アリ」

6-1 自称天使の「本当の」正体

 大騒ぎになった沖縄旅行を終えると、俺達は地元に戻った。事件以来、ティラはぐったりしている。なにを聞いても口をつぐんだままだ。俺と古海がなんとかティラをアパートまで連れ帰ると、、部屋の前の廊下に、青いワンピースの少女が立っていた。猫を胸に抱えて。


「ここに置いて。あなたを冥府に送って、ケルちゃんのカリカリをもらうの」――少女はミントと名乗った。


          ●


「そう……。この子が私を止めてくれたんですね」


 ティラは深く息を吐いた。いい天気で、アパートには暖かな光が射している。俺が淹れたコーヒーの香りが、強く漂っている。


 ミントと名乗った少女は、ひとり猫をからかっている。ミントが隠した手をちょろちょろ見せると、猫は飛びつき、猫キックを繰り返した。


「助かった……」

「ティラ。教えてくれないか、本当のこと」

「は、はい」


 下を向いてしまった。話していいかどうか、悩んでいるようだ。


「ほら、ケーキも買ってきたから。ティラが好きな奴」


 苺タルトの皿を、古海が前に置いた。小さなフォークでひとかけら口に運ぶと、ティラは秘密を明かし始めた。


「私は第六天魔王、波旬はじゅんの娘。それは間違いないです」

「波旬って悪魔でしょ」


 死や神々に詳しい古海が語りかけた。


「なんで天使の見習いになってんのよ。なんかの罰ゲーム?」

「私は十万十五歳。――十万歳くらいまでは、自分で言うのも変だけれど……天魔は純真無垢なんです」

「へえ……」

「その頃から、女子であれば……その。その……じ、女性としての機能が完成する」

「第二次性徴みたいなもんかしらね」

「そうすると本来の天魔人格が裏で育って、いずれ表と入れ替わる。私はちょうどその時期なの」

「それでときどきアレが出てくるのか」


 口調が変わったり妙に色っぽくなるティラを、俺は思い返した。


「でも、天使になれれば……」


 ティラに見つめられた。


「そう、正式な天使になることができれば、今の私のままでいられる。天魔になることなく」

「それで神様に入門したってわけね。悪魔の天使化なんて、よく神様も許可したもんだわ」

「たとえ天魔であっても、功徳を認められれば天使にはなれるの。……ただ、その後堕落するかは別だけれど」

「そういや悪魔って、堕天使だったりするもんね。――お父さんは? 天魔なんでしょ。娘が天使になるのをなんで許したのよ。天敵じゃない」

「天敵じゃないんですよ、神様と天魔は。世界のバランスを取るためには、両方必要なの。ただ、時代に応じてそのバランスが揺れ動く。この時空の先代天魔は衰えつつあって……。だから十万年前、存在を分裂させて私を生み出したんです」

「天魔は無性生殖するのね」

「有性生殖も、もちろん可能だけれど」


 そりゃそうか。じゃなきゃ美少女の形になる必要ないもんな。


「分裂には、ものすごくエネルギーを使うの。先代天魔……お父さんは私を生んで、意志も意識もない背景存在へと収縮した。私が天魔に育てば、消滅するはず。だから許すもなにもないと思います」

「へえ……」

「それより根本がわからないんだけど」


 思わず口をはさんだ。なんせいろいろわからないからさ。


「本能に従えば、天魔に育ちたいはずだろ。なんで天使になりたがったんだよ」

「それは……」


 ティラは言い淀んだ。


「私にもよくわからない。なんででしょうか……」

「なんだそりゃ」

「でも天使にならなきゃ、守護天使にならなきゃって、どこか奥のほうから声が聞こえるんです。魂の声が」

「魂の……声」

「ええ。私がおとなになると、背中に羽が生える。白い羽なら、天使の羽。もし……、もしも黒い羽なら、私は天魔になってしまう」


 うつむいてしまった。


「黒い羽が怖い。黒い羽が生えた私の夢を見る。それが……とても怖いの」

「うーん、黒い羽か……」


 古海は腕を組んだ。


「とりあえず新情報を仕入れられたから、また長老に訊いてみるわ。そこで天魔と守護天使の関係とか、ティラが天使になりたい理由とか、ヒントが出てくるかも」

「そうだな」

「ええ……。自分でも知りたいから……お願いします」


 ネクロマンサーに、天使はぺこりと頭を下げた。


「――となると、今度はこっちね」


 古海はミントに視線を移した。


 たしかに。こいつガキの見た目だけど、どう考えてもヤバい奴だしな。

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