6-2 猫アコーディオンってなんだよw

「なんなんだろね、この娘」


 古海がミントを見つめた。


 ある意味、ティラより厄介な存在。それがこのミントとかいう奴だ。なんせ正体不明だし、とんでもない力を持ってたし。


 とはいえ見た目はただのガキンチョだ。今だって猫の前足と後ろ足を両手に持ち、「猫アコーディオン」で遊んでるくらいで。


 体をびよーんと伸ばされるたびに、猫はにゃあと鳴く。灰色と鼠色のトラ猫で、足の先と腹の一部は白い。毛並みはいい。


「あなた、ミントって言うんでしょ」


 古海の問いに、首を縦に振った。無言だ。


「直哉の話だと、人間じゃないって」


 ミントは口を開かない。


「ティラにもわからないんだろ、正体」

「ええ……。あっちの私がどう判断したのか知らないけれど、今こうして見ても……よくわからないです、この子。たしかに人間ではなさそうだけれど」


 ティラは頬に手を置いて考えている。


「古海は知らないのかよ。ミントって名前の神様とか悪魔とか」

「聞いたことないわね。それよりなんて言ったんだっけ、男の声で」

「えーと……。『波旬の娘よ。今は寝ておれ。むがし夢を見て』――たしかこんな」

「むがし? 昔じゃなくて」

「むがしって言ってた」

「ずいぶん古臭い言葉ね。それ、『やすらぐ』とか『幸せな』って意味だよ」

「うーん。それで天魔を一瞬で寝かせちゃったんだから、やっぱり力がある存在なのはたしかなんだろうな」

「そうね。――ねえお嬢ちゃん、あなた誰なの」

「ミント」


 だらしなく横たわった猫の腹を撫でながら、興味なさそうに答えた。


「そうじゃなくて。人間じゃないでしょ。いったい何者なのよ」

「知らない」


 古海の目を、ミントはじっと見つめた。


「気がついたら、この世界にいたの。ケルちゃんと一緒に」

「猫の精じゃないのか。それか猫又、化け猫とか」

「どうかなあ、それ。だって天魔を眠らせちゃったじゃん。いくら成長前の弱い姿とはいえ。どう考えても、猫又より霊階が高いでしょ。それにさっき、直哉を冥府に送るって言ってたし」

「死神か」

「多分……」


 なんだよこいつも不吉な存在かよ。天使はともかく、死神はノーサンキューなんだけどな。


「でも変だろ。だって俺、もう死んでるんだから。今さら死神が来ることないじゃないか」

「そうだよね」

「ミント。お前、なんで俺を冥府に送るんだよ」

「わからない」


 ミントは首を振った。


「でも、そうしなきゃだめ。これまでも何人か送った」

「そうか」

「優しいおじさんが、ケルちゃんのカリカリをくれるの」

「なんだろうなあ……これ」

「歩合制のセールスマンじゃないの。亡者を連れてくと猫のエサくれるってんだから。死のセールスマン」

「安い命だな、俺。俺を殺す報酬がカリカリとかよ」


 そうした存在については、ティラも知らなかった。ただ死後の世界は入り乱れているので、上司に訊いてみると約束した。


「ねえお兄ちゃん」


 ミントが直哉の裾を引いた。


「すぐ行く? あの世界に」

「そう望んでも、なぜか行けないんだよ。俺のどこかにひっかかりがあるみたいで」


 ティラはうんうん頷いている。


「――それに、もう先約がある。売約済みだ。美少女天国が待ってるし、その直前にはこちらの先生の術にかかって使役される予定だし」

「直哉……」


 初めてはっきり言ってやったからか、古海の奴、喜んでるな。


「ありがとう……」

「だからゾンビになって、美少女天国を満喫して、それに飽きたらでいいか? いや俺もまさかさあ、生前は学校で放置キャラだったのに、死んでからこんなに引く手あまたになるとは思わなかったんでさ」


 本音だ。俺の人生どうかしてる。……まあもう人生終わってるみたいだけどさ。「モテ期」が死後とかw


「そう……」


 どうでも良さげに、ミントはほっと息を吐いた。


「今すぐは無理なのね。それなら、しばらくここにいる」


 俺の手を取ると、自分の小さな手と重ねた。


「ケーキおいしかったし」

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