4 エロスとタナトスを巡る「Cカップ談話」

4-1 天国と極楽が縄張り争い? ウソつけw

 平穏な日々が続いた――死体になって平穏ってのも変だが。


 とにかく、学校に通いながらティラと毎日成仏に向けての修行。どうやら俺は未練と煩悩が昇天を妨げているようなので、エッチな感じをギリギリまで追求しては我慢を繰り返す。


 これでそっち方面の心残りがなくなりつつ、煩悩を自制する訓練にもなるわけだ。


 まあ女子校観察だの階段パンチラ挑戦だのに毎度付き合わされるティラのほうはお気の毒だが。天使の清らかな精神には激しい試練となるらしく、なんだか目の下にクマができたりもするしなw


 古海はちょくちょく顔を出しては、料理を作ったり泊まりがけで遊んでいったりとせわしない。意外にも料理の腕はたいしたもので、驚いた。


 あれからも、毒こそ入れなくなったが、寝ている間に俺の周囲に五芒星ペンタグラム描いてぶつぶつ呟いていたりはする。それでもとりあえずときどき悪夢にうなされるくらいなので、俺は放置していた。


 ただ問題もあった。古海のことではなく、ティラだ。普段はおっとりした天使なのだが、ときおり、おかしくなる。荒い口調でぞんざいな態度を取ったり、妙に色っぽくなって迫ってきたり。


 あまりに怪しいので拒絶するんだが、そうすると怒った挙句に気を失ってしまう。あとで尋ねてみても、その最中のことを忘れている。


 天使が無理して現世に居続けているため「存在に歪みが生じているのだ」と、ティラは説明した。たしかにそうなのだろう。それにそうなると抱きついたりされるので「それはそれでいいし」と、俺はあまり気に留めていなかった。


 そんなある日、学校帰りの俺は、古海にマックに呼び出された。なんでも大事な話があるらしい。それもティラのことで。


         ●


「あの娘、おかしいよ」


 アイスティーを一気に半分ほど飲むと、古海は真剣な眼差しを向けた。


「ティラのことか」

「もちろん。よくうなされてるの知らない?」

「そうかな……。たまに叫んでたくらいしか記憶にないけど。普通だろ」

「これだから男は……。昨日の夜だってそうよ。あんたは床に寝てたからわからなかっただろうけど、うなされてて。汗びっしょりかいて譫言うわごとを繰り返してた」

「なんて」

「『消えちゃう』……って」

「うん」

「あとはそう……『黒い』、とか。――それに『しおん、つかまって』……とも言ってたわ」

「しおん?」

「うん。あんたの妹さんでしょ」


 なんで長野の妹が出てくるんだよ。あれか、バレ防止にしおん役をやらせてたから、そのせいかな。


 そう告げると、古海は首を振った。


「でも自分がしおん役だったら、つかまってとか言わないでしょ」

「別のものかな。シオンって地名も外国にはあるみたいだし、天使だからあちこち行ってただろ」

「地名ねえ……」


 俺のナゲットを、古海は口に放り込んだ。


「それ俺の」

「いいじゃん。あたしもう食べちゃったし。下僕なんだからご主人様に譲りなさいよね」

「誰がだ。……食いすぎるとデブるぞ」

「うるさい」


 もうひとつ取られたw


「それでティラだけど、朝尋ねても覚えてなくて。そりゃ夢なんだから、あたりまえではあるけどさ」

「つかまってって、どっちの意味だろ」

「普通は『掴まって』じゃないの。『捕まって』だと変というか。――あんたの妹さん、別にヤンキーとかじゃないんでしょ」

「あたりまえだ。俺よりよっぽど真面目だし」

「あんたより不真面目な人はそういないでしょ」

「はあ? 人のメシに毒入れる奴よりか?」


 睨まれた。


「……よしましょ。ケンカしに来たんじゃないし。ティラのことを心配してるのよ」

「そうだな」

「とにかく、ときどき変になるのよ、あの娘」

「それは俺も知ってる。なんか妙に色っぽくなったり」

「そうそう。あたしにも迫った」

「ウソ」

「本当だもん。寝てたら胸揉まれたし」

「なんで俺を起こして仲間に入れない」


 俺の鼻息が急速に荒くなったw 煩悩メーターがもしあれば、針がレッドゾーンまで振り切れたことだろう。


「どうしてわざわざエロ魔人を入れるのよ。話がややこしくなるだけじゃない」


 あきれ返っている。ティラが言ってた「存在の歪み」について、俺は古海に説明してやった。


「だからそのせいじゃないか」

「それは変ねえ……」


 古海は、窓の外に瞳を向けた。俺もつられて見た。春を迎え、けやきの街路樹が枝と葉を力強く張り、陽の恩恵をせいいっぱい受けようとしている。スーツ姿のサラリーマンが、スマホ片手に足早に通りすぎてゆく。


「あたしもネクロマンサーの長老に振ってみたもの、天使の話」


 ガラ空きだったのに隣に人が座ったので、古海は小声になった。まあ死体だの天使だのの話、あんまり聞かれたくはないしな。


「だてに死体をいじくり回して何十年じゃないわけよ。死の世界には詳しいわ。多分人類一ね」


 天使の職階や分類について、長老は詳細に教えてくれたらしい。古海はティラの症状を告げてみたが、天使が地上に降りてもそのように不安定になることはないという結論だった。


「まして彼女は普通の天使じゃないじゃん。見習いとはいえ守護天使でしょ。この世で人間をサポートするのが役目なのに、なんで地上に降りるとおかしくなるのよ」

「言われてみれば変だな」

「あんたアホねえ……。そのくらい思いつかないで、なんであっさり納得してるわけ」


 余計なお世話だw


「これだから間抜けな死体は。早くあたしの召使いになりなさいよ。かわいがってあげるからさ」

「遠慮する」

「はあー……」


 嘆息が漏れた。


「とにかく、死後の世界は多様性に富んでいるとか、長老が言うのよ」

「ティラもなんか、そんなこと話してたな」

「それぞれ独自の機能と専門スタッフを抱えて運営されてるらしいんだけど、そこには当然微妙な縄張り問題とか小競り合いがあるらしいわ」

「天国と極楽の小競り合いとか、なんかヘンだろ」

「天国と極楽が分かれてるのかは知らないけど、とにかくそうなんだって」


 ティラの明るい笑顔を思い浮かべながら、俺はコーヒーを口に含んだ。


「それで?」

「どうもそうした死後世界のバランス問題じゃないかって分析してた」

「バランス問題……」

「うん。ドン臭い守護天使見習いでしょ。天使らしくないドジを踏むとその隙を突いて、どっかの死後の世界の奴がティラを依代よりしろにして顔を出すとかさ」

「なるほど」

「ここからはあたしの想像なんだけど、そいつは地上でエッチの限りを尽くそうとか考えてるのよ」

「エッチの限り?」


 なに言ってんだ、こいつw ――と思ったんだが、古海の奴、けっこうなエロトーク(?)かましてきてなあ……。まあ天使と人間とのエロ関係とかなんだが。


 実際――

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