第25話 三角関係

「おらぁ!」


ハイネが身の丈程もある大剣を片手で水平に振るい、牛の様に巨大なイノシシの体を上下に分かつ。


勿論只のイノシシではない。

その背からは無数の触手が伸び、蠢いていた。

一本一本の長さは軽く3メートルはあり、その先端はまるで人の手の様に五本の指が付いた形をしている。


「喰らいなさい!」


アーニュの掲げた杖の先端から火球が生まれ、熱風が近くにいた私の髪を焦がす。


「ファイナルストライク!」


彼女の叫び声と共に、火球は魔物の群れへと飛んでいく。

着弾と同時に破裂し、それは炎の渦ハリケーンとなって魔物達を焼き尽くした。


「はー。私の出る幕、完全に無いわね」


二人の圧倒的強さには、感嘆の一言だった。

今の二人ならガーゴイルの群れが襲ってきても、鼻歌交じりに殲滅できてしまう事だろう。


「へへ、絶好調だ!」


「天才女魔導師様って呼んでくれてもいいのよ?」


どうやらこの異常な強さは、私が以前ガーゴイルと戦うために掛けた強化魔法の影響らしい。

大神官様がおっしゃるには、私の神聖魔法には人の内に眠る才能の扉を開ける力が含まれているそうだ。


恐らくは、救世主として神様から与えられた力の一環なのだろう。


ハイネ曰く「鍛えれば鍛える程強くなるのが分かって、楽しくてしょうがなかった」らしく。

アーニュはアーニュで「自分が天才だと実感できたので、毎日寝る間も惜しんで訓練しちゃった」だそうだ。


その効果を期待して、王都に居た騎士達や魔導師全員に強化魔法をかけてはいるが、彼らがどの程度成長するかは本人次第と言った所だろう。

あくまでも私の能力は才能の扉を開くだけでしかないのだ。

本人が努力しなければ何も変わらないし、潜在能力は人によってまちまちなので、全員が全員彼女達の様になれるとは限らない。


「ははは、救世主殿に天才魔導師殿、それに狂戦士殿とくれば向かう所敵なしですな」


鉄の鎧を身に纏った老齢の騎士が朗らかに笑う。

その背後には、同じく鎧を纏った騎士達が居並んでいる。

彼らはガレーン王国に仕える辺境騎士達だ。


「ん?ちょっと待て!?それ、俺だけ悪口じゃないか?」


ハイネがその言葉に抗議を上げた。

確かに狂戦士は一般的には誉め言葉ではない。

ましてや女性相手なら猶更だ。


「おっと、これは失礼しました。勇猛果敢という意味で使わせて頂いたのですが、失言でしたな。女勇者殿と言い直させて貰いましょう」


「へへ、女勇者か。それなら悪くはないな」


ちょっと言い直しただけでハイネの機嫌は良くなる。

ハイネちょろすぎ。

その内悪い男にでも引っ掛かって……は、ないか。


それに彼女なら、騙されても相手に100倍返ししそうだし。


「いやしかし本当に助かりました。まだ民家に被害が出ていないとはいえ、あのサイズの化け物が群れで襲って来ていたらどれ程の被害が出ていた事か。考えただけでもぞっとしますよ」


此処はガレーン王国南部にある平原。

そこに巨大な魔物が住み着いたという事で、私達は国の要請を受けて討伐に出向いて来ていた。


同行しているこの騎士達は、近隣に在中している者達だ。

魔物退治に関しては私達3人で十分ではあったが、彼らにも面子という物がある。

近場に沸いた強力な魔物の討伐を外部に丸投げしたとあっては、体裁も悪いだろう。

それで彼らの顔を立てる意味で同行を許可したのだ。


「お役に立てたのなら幸いです」


「我々が不甲斐ないばかりに、ご迷惑をお掛けしました」


「いえ。皆さんには街を守るという重要な役割があるのですから、仕方がない事ですよ」


彼らの名誉のために言っておくが、先程の魔物程度なら街の戦力だけでも討伐する事はできた。

だが魔物は先程のイノシシだけではない。

魔王の影響で、あちこちに強力な魔物が多数出現している。


討伐の為に人手を集めれば、当然街の防備は手薄になるだろう。

そこに強力な魔物が襲ってくれば街は一溜りもない。

それを避けるため、彼らは中央に討伐の依頼を出したのだ。


「それでは我々はこれで」


「街へは寄って行かれないのですか?」


「ええ、急ぎ王都に戻らなければなりませんので」


街で歓待を受けのんびりしたい所ではあるが、今は魔物が跳梁跋扈する時世だ。

いつ何時、ここの様に私達の力が必要とされるかわからない。

情報の集まる王都に出来るだけ早く帰った方が良いだろう。


「そうですか、本当にありがとうございました」


「それじゃ、失礼しますね」


アーニュが飛行魔法を唱え、私達の体がふわりと浮き上がる。

これは以前、彼女がセベックの滝で使った浮遊魔法エアラスとは別の魔法だ。

より高位の魔法であり。

ただ浮遊するだけではなく、移動手段として利用する事も出来る便利な魔法だった。


見る間に騎士達が小さくなっていき。

移動に合わせて周りの景色が高速で流れていく。


この魔法は空を飛ぶ為、地形や障害物を気にする事無く進める。

更に単純な速度でも馬などより遥かに早いので、すこぶる優秀な移動手段となっていた。


だが欠点がない訳ではない。


まず一つは、もの凄く寒い事だ。

高高度を高速で飛ぶのだから、当然風で体温が奪われてしまう。

幸い今は初夏の為それ程でもないが、冬場などはきっと地獄のはずだ。


まあその時は、私が結界を張ればいいだけではあるが。


もう一つの欠点は、運べる人数が限られている事だった。

一度に運べる人数は精々3人が限界だ。

今回私達がたった3人だけで辺境にやって来ているのも、これが理由である。


「ガラハッド王子の交渉、上手く行ってるかしら」


現在魔王はその居所がようとして知れない状態だった。

恐らく封印が全て解かれる――残念ながら本体以外の封印はその所在が掴めておらず、妨害する事は敵わない――まで、表に出て来るつもりはないのだろう。


此方も魔王が本格的に動き出すのを、指を咥えて待っている積もりは無かった。

先ずは救世主を中心に各国で連合を組み、魔王復活に備える予定だ。

だがその為にはまず、私が救世主である事を各国に認めさせなければならない。


「クローネ皇国の弱みを握ってるわけだし、まあ上手く行くとは思うわよ」


魔王の封印をしくじった国が幾ら私を救世主と掲げても、各国は懐疑的にしか受け取らないだろう。

周りに認めさせるには、少なくとも数か国からの太鼓判が必要だ。


その最初の国として、王子はクローネ皇国の懐柔に向かっていた。


ただ認めるだけで良い。

それだけで魔神器が聖剣であった事を伏せられる――最初っから私が持っていた事にする――のだ。

それを蹴る程あの女王も馬鹿では無いだろう。


多分。


「道中、魔物に襲われたりしなければいいんだけど」


アーニュは心配そうに呟く。

どうやら彼女は、ガラハッド王子にホの字の様だった。


「大丈夫よ。護衛は十分ついているんだし」


「そうそう。俺程じゃないけど、王子もそこそこ腕は経つしな」


魔物の数や強さが増大しているこのご時世だ。

長距離の移動はその分リスクが跳ね上がる。


だがガラハッド王子はスカだったガルザス王子とは違い、そこそこ腕が立つ。

その上優秀な親衛隊が大勢付いているのだ。

心配する必要は無いだろう。


「そう……よね。大丈夫よね、きっと」


心配そうに俯く彼女を見て、ちくりと胸が痛む。

私はガラハッド王子から、魔王討伐の暁には自分の妻になって国を支えて欲しいと打診されていたからだ。


正直、王子に対する恋愛感情はない。

そしてガレーン王国の為に身を捧げるつもりも更々無いので、即座に断りはしたが、国の現状を考えると王子はそう簡単に諦める事は無いだろう。


「はぁ……」


「なんだ、急にため息なんかついて。腹でも減ったのか?」


お腹が空いて溜息を吐くなど、聞いた事がない。

いや、貧しい生活をしていたら話は別なのかもしれないが……

それは今の私達には当てはまらない。


「ハイネは悩みが無さそうでいいわね」


「まあな。喰って寝て暴れてれば満足だ」


それは女性としてどうなのかという気もするが、まあ本人が幸せならそれでいいのだろう。

私も彼女の様に、単純明快に生きていけたならどれだけ幸せな事か。


ほんっと、救世主って面倒くさい事が多くて困るわ。

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