第24話 勧誘

「くそっ!くそっ!くそくそくそ!」


街道から少し離れた泥道を6頭の馬が駆ける。

その先頭を進むのは、全身が鮮やかな黒をした見事な馬だ。

その上に黄金の鎧を纏った男――ガルザス王子が騎乗していた。


後を追う5頭は、アリアの一撃に耐えた腕利きの騎士達だ。

彼らは巨大な亀の襲来の際、怯える馬を何とか制御し、王子と共にその場を離れて難を逃れていた。


「このままじゃ……くそっ。あいつだ……全部あの女のせいだ!」


聖女アリアを利用して魔王を倒し、王位継承権第一に返り咲くという狙いは彼女に逃げられた時点で頓挫している。

どちらにせよ、あの時点でのアリアと手を結んだ所で勝ち目など無かった事を考えると、端から破綻していたのだが、彼の中では全て彼女が悪いという事になっていた。


「なんなんだあの力は!!」


魔女と弟であるガラハッド王子の密会を押さえて処刑できれば、まだ逆転の眼は彼にもあっただろう。

だが聖剣を手に入れたアリアの力は、ガルザス王子の想定を遥かに超えていた。

率いた100名以上の精鋭が一瞬で無力化される様は、まさに彼にとって悪夢だったに違いない。


「王子、どうしましょう」


騎士の1人が馬を黒馬の横に並ばせた。

彼は――いや、背後の騎士達全てが王子の置かれている今の状況を理解している。

このまま城に戻ったとしても、ガルザスにはもう居場所がないと言う事を。


「このままですと……」


「五月蠅い!今考えている!」


王子は不機嫌を隠そうともせず、顔を歪めて騎士に怒鳴りつけた。

だがそれは余りにもおろかな行動だ。


騎士達の目つきが変わる。

剣呑な物へと。

だがガルザスは自分の事で頭がいっぱいなのか、まるでその事に気づかない。


「……」


どさくさの混乱に紛れてガルザスと共に逃げたはいいが、騎士達にはもう王子についていく理由がなかった。

次期国王に仕えるという甘い汁があったからこそ、ここ迄ついて来たのだ。


沈む船に同船するには、王子と彼らの繋がりは余りにも希薄だった。


「王子、お止まりください」


そう言うと騎士の1人が王子の乗る黒馬の前に馬を出し、その動きを遮った。

急な事に王子は馬から振り落とされそうになるが、手綱を引いて何とか馬を止める。


「き、貴様!何のつもりだ!」


「ガラハッド王子の言葉では、ガルザス様は罪人だそうですので。我らは国に仕える騎士として捕えさせて頂きます」


王子に騙されて利用されていただけ。

彼らはその建前の元、王子の首を持って国に戻るつもりだ。

以前の様な好待遇は望むべくも無いだろうが、それでも裏切り者として国に追われるよりましな事は考えるまでもない。


「き……貴様ら……裏切る積もりか……」


「人聞きの悪い事を言わないで頂きたい。我らは国に仕える騎士としての務めを果たすだけです。……まあその際、王子の激しい抵抗にあって我々は止む無く王子を切捨てる事になりますが」


彼らは王子を生かしておくつもりはなかった。

王子は叩けば大量に埃の出る身だ。

当然側近である彼らもそれには関わっている。


生け捕りにすれば、腹いせに王子が裏切った騎士達を道連れにするのは目に見えていた。

だからこの場で殺して王子の口を封じる気なのだ。

騎士達は。


「ま、待て!俺についてくれば、必ず良い目を見せてやる。だから……」


「方策がない事は先程のやり取りで分かっています。騙されはしませんよ」


騎士達が剣を抜く。

彼らは王子が抜擢したエリートだ。

性格は兎も角、腕は立つ。

勝ち目は元より、この場を切り抜ける事すら王子には不可能だ。


「ま、待て……落ち着け……俺が王になったら――」


「夢物語はあの世でどうぞ」


「あーあ、こんな事なら俺もガラハッド王子にさっさと乗り換え解きゃよかったぜ」


騎士達が馬上から飛び降り、王子の黒馬を囲む。

馬に乗ったままより安定して剣を振るう事が出来るからだ。


先ずは馬を切り殺し。

序で王子を殺す。


彼らは確実にガルザス王子を仕留める様、陣取った。


「まて……まてまて……待ってくれ……俺は王になる男なんだ……だから……」


「往生際が悪いですよ」


「そうそう、あんたはもう終わりだ」


「ふ、ふざけるな!俺はまだ――ぎゃっ!?」


騎士の1人が、馬の両前足を一刀の元切断する。

苦痛の悲鳴を上げて黒馬が前のめりに崩れ。

放り出された王子が背中から地面に激突し、短い悲鳴を上げた。


「ぐ……うぅぅ……」


「終わりです」


騎士の1人が剣を振り上げる。


「嘘だ……こんな……うそだうそだ……」


凶刃が陽光を照り返し。

無慈悲に王子の元へと振り下ろされる。


「くすくすくす」


その時、突然女の笑い声が辺りに響き、騎士は思わず剣を止める。

周囲を見渡すと、いつの間にか襤褸を頭から被った女が直ぐそこに立っていた。


「た、助けてくれ!俺はこの国の王子だ!助ければ褒美は望みのままだ!だから!」


最早恥も外聞もない。

ガルザス王子は泣き叫ぶ。


「あらあら、望みのままだなんて魅力的ねぇ」


女の異常さに気づいた騎士達は警戒する。

先程迄いなかった筈の場所にいきなり現れたのだ、警戒するなという方が無理だろう。

尤も、窮地に立たされているガルザス王子にはそんな事に気づく余裕もないが。


「そ、そうだ!望みのままだ!俺を助けろ!」


「ふふふ。こんな状況で現れた女に誘いをかけるなんて、面白人間・・ねぇ」


女は頭から被っている襤褸を脱ぎ捨てる。


「!?」


その下から現れた顔は人間離れした物だった。

女の眼は縦一筋の三白眼。

口は耳元まで裂け、その中央から二股に分かれた細長い舌が姿を覗かせる。

何より特徴的なのはその頭部だ。

本来頭髪の生える部分からは髪の代わりに蛇が生え、それらは絡み合って騎士達を睨み付けている。


「メ、メデューサ!?不味い!!」


メデューサは魔王の片腕として、伝承に残る魔物だ。

その力と見た目のインパクトから魔王に次いで有名な魔物であり、その能力は騎士達も把握していた。


騎士達は咄嗟に目を逸らそうとする。

だが遅い。

呪いは既に発動していた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ」


苦痛の叫びと共に、彼らの肉体は端から石化していく。


眼のあった物を石へと変える能力。

それがメデューサの力だ。


「あらあら立派な石像が5つも。大漁ね」


頭の蛇が石像となった騎士に喰らい付く。

そのまま大きく顎を開けた蛇は、どう考えてもメデューサよりも体格の大きな騎士を丸呑みする。

その質量は丸で始めから無かったかの様に消失し、頭の蛇たちは残りの4体の石像も丸呑みしてしまった。


「ひ……ひぃぃ……」


その様子を目の当たりにし、王子は悲鳴を上げて逃げ様とする。

だが恐怖で腰が抜けているのか、手足をばたつかせて地を這うばかりで、簡単に追いつかれてしまう。


「た……助けてくれぇ……」


首根っこを掴まれ引き上げられたガルザス王子は、涙と鼻水で顔をグチャグチャに汚し、股間からは失禁の雫が地面へと滴っていた。

そんな無様な王子を見て、メデューサが顔を顰める。


「怖がらなくてもいいわよ。私は魔王様の命で貴方を迎えに来たのだから」


「ま……おう?……迎え?……」


「ええ、迎えよ。魔王様は自分を復活させてくれた貴方の事を、大層高く評価していらっしゃるわ。だから貴方にその気――魔王様の配下になる気があるのなら、連れ帰って来いと言われているの。喜びなさい。幹部待遇よ」


「も、もし……断ったら?」


メデューサの頭の蛇が、ガルザス王子の前で大きく口を開ける。

それだけで意味は十分伝わっただろう。


「ひっ!?わ、わかった。どうせもう国にも帰れない身だ。だったらいっその事、魔王の配下にでも何にでもなってやる」


ガルザス王子の答えに満足そうにメデューサが微笑む。


「物分かりの良い子は好きよ」


メデューサが優しく王子を抱き抱えると、彼女の周りに黒い靄が発生する。

それは巨大な亀が現れた時に、空に見えたものと同種の物だった。

どうやら亀は彼女の力で上空へと転移してきていた様だ。


「さあ、案内するわ。魔王様の元へ 」


靄は周囲を侵食するかの様に広がり、全てを飲み込んでいく。

やがて巨大な球状となった闇色のそれは、突如針に刺された風船の様に弾け飛んだ。


そこにはもう、ガルザス王子もメデューサの姿も無く。

只々巨大な爪痕クレーターを残すのみであった。

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