第23話 襲撃

街道を馬車で移動していると、急に馬が止まる。

目的地である王都まではまだ遠く、休憩するならば先にその旨が伝えられるだろう。

それが無く、突然止まったという事は――


「襲撃だ!」


馬車の外から、襲撃を伝える声がかかる。

相手は魔物ではなく人間だろう。

私は聖剣を取り込んだ事で、邪悪に対する感覚が跳ね上がっている。

襲って来たのが魔物なら、私の感知能力でとっくに引っ掛かっている筈だ。


「ガルザス王子の手の物って事かしらね」


ハイネが真っ先に馬車から飛び出し。

私とアーニュがそれに続く。


前方には兵士の集団が見える。

数はざっと120名程だろうか。


「まさか後を付けられていたとは。皆さんにはご迷惑をお掛けします」


馬車から降りて来た王子が頭を下げる。

乗って来た馬車は2台。

5人だと手狭だという事で、王子と大神官様は私達とは別の馬車に乗っていた。


「ぶっ飛ばしちゃってもいいですか?馬鹿王子を」


集団の先頭にムカつく顔が見えた。

私は思わず本音を吐露する。


「出来れば、死なない程度に手加減をお願いします」


まああんなのでも、ガラハッド王子からすれば血の繋がった兄弟だ。

兄が死ぬ姿は見たくないのだろう。


「兄には法の元、きっちり責任をとって貰わなければ困りますから。そうでなければ国民も納得しないでしょう」


どうやら違った様だ。


この国の問題は外交だけではない。

魔王復活によって国民生活への影響は大きく――ガレーン王国は特に魔物の増大による被害が顕著であった。

そのため、国内の不満が爆発寸前なのは容易に想像がつく。


死体を見せて。

「こいつが元凶だ。こいつが悪い」と主張しても、国民は死人に責任を押し付けただけと思うだろう。

納得させるためには、公の場で正式に責任追及をした上で、大罪人として大々的に処刑する位でないと国民へのガス抜きにはならない。


相手が血の繋がった兄弟にも拘らず、ガラハッド王子はそれを平然と口にする。

だがそれだけの事をガルザス王子はしでかしているのだから、仕方のない事とだろう。


「やっこさん、おいでなすったぜ」


集団から、10騎ほど騎馬が前に出て来る。

その先頭に立つのは、目立つ黄金の鎧を身に着けたガルザス王子だった。

真っ黒な馬に金ピカ鎧。

悪趣味極まりない格好だ。


「ふん、ガラハッド。まさかお前が魔女に通じていようとはな」


「彼女は魔女ではありませんよ。この国を救う救世主です」


「戯言を。しかもよく見れば、処刑したはずの大神官迄いるではないか。これは確定で間違いないな」


ガルザスは嬉しそうに笑う。

大方、これまでの失態の全てを弟であるガラハッド王子に押し付ける算段でも付いたのだろう。

相変わらずムカつく顔で笑う男だ。


「可愛い弟を裁判にかける様な真似は出来ん。兄である俺からの情けだ。魔女ともどもここで討ち取ってやろう」


死人に口なし。

殺して状況証拠だけで押し切るつもりの様だ。


「安心してください兄上。僕はちゃんと兄上を公正な法の元、縛り首にして差し上げます」


およそ王族である兄弟のする会話ではないが、まあ相手がガルザス王子アホなら仕方がない。

彼のせいでガレーン王国。

ひいては世界が大迷惑を被っているのだ。

ガラハッド王子も腹に据えかねているのだろう。


「ガルザス王子、まずはお礼を言わせてください」


「お礼だと?俺手づから、お前の首を刎ねる事にか?」


「いいえ?私のこの手で、貴方をぼこぼこに出来る事にです」


本当にありがとう。

此処に現れなければ、裁判からの処刑コースで私のこの拳を叩き込む事もままならなかっただろう。

それを態々ぼこぼこにされに来てくれたのだから、感謝の気持ちで胸いっぱいだ。


「戯言を!其方はたった10人。此方は精鋭120名を揃えて来ている。お前達は此処で死ぬんだよ!」


「安心してください。戦うのは私一人です。私は聖女なので無駄な殺生も致しません。だから全員無力化してから、王子の顔面にこの拳を叩き込んで差し上げますね」


一番手っ取り早いのが、時間を止めて真っ先にガルザス王子を捕獲する事だった。

それが一番楽な方法ではあるが、それでは私の留飲は下がらない。


彼の用意した手勢を倒す。

それも誰一人殺さず、圧倒的な強さで蹂躙し。

それを見た時のガルザス王子の顔が楽しみで仕方がない。


少々性格の悪い考えだが、やられた事を考えたらこれぐらいは許されるだろう。


「という訳で、悪いけど他の人は手だし無しでお願いするわ」


「おいおい、独り占めかよ」


ハイネが不満そうに口を尖らせる。

彼女もガルザス王子に迷惑をかけられてはいるが、その報復というより、きっと暴れられない事への不満なのだろう。


「ごめんね。私の力を見せつけるいい機会でもあるから」


私は笑顔で謝る。

さっきから嬉しくて、ニコニコが止まらない。


「わあったよ。お手並み拝見と行こうじゃないか、救世主様の」


「腰ぬかすわよ。きっと」


「き、ききき……貴様ら。この私を愚弄する気か!」


私の完全勝利宣言を聞いて、唖然としていたガルザス王子が正気に戻ったのか、憤怒の形相で睨み付けて来る。

私はその視線を正面から笑顔で受け止めた。


「別に愚弄はしていないわ。今の私は無敵ってだけよ」


「口の減らない魔女め!かかれ!」


王子の号令に合わせて、背後の兵士達が此方を囲むように展開する

精鋭と口にするだけあって、全員動きは悪くなかった。

けどまあ、今の私の敵ではない。


「ブートデバイス!アガートラーム!」


聖剣から放たれた光が鎧となり私を包み込む。

拳にはガントレットだ。


「なんだそれは!?魔女め――」


時間を止めて周囲の兵士達をロックオンする。

やってて気づいたが、アガートラームと時間停止の同時起動はかなり消耗が激しい。

ほんの数秒なら問題ないが、長く時間を止めて戦うのはきつそうだ。


「マインド・クラッシュ!」


停止を解除し、スキルを発動させた。

突き出した掌から光が弾け、飛び散った光は周囲の兵士達に直撃して瞬時に無力化する。


「な、なんだ!何が起きた!?」


急に動きを止め、その場に崩れ落ちる兵士達を目の当たりにした王子が慌てふためく。

急に私の手が光ったと思ったら、手勢の大半が――王子の側近っぽい何名かは耐えた――無力化されてしまったのだ。

慌てるなという方が無理だろう。


「言ったでしょ。今の私は無敵だって」


「こんな……こんな馬鹿な……」


残っているのはガルザス王子と、その周囲の5名のみ。

結果は最早出ている。


「さっすが救世主の力ね」


一瞬で100以上の兵を制圧した私を見て、アーニュが目を丸めた。


「まあ魔王に対抗する力だから。多少は、ね」


自分でもえぐい強さだとは思っている。

今の私なら、1万の兵だって相手どる事は難しく無いだろう。


「まさかこれ程迄とは。大神官様の受けた神託を疑っていた訳ではないですが、やはりその強大な力を目の当たりにすると驚きを禁じ得ませんね。正に無敵と称するに相応しい」


ガラハッド王子は私の強さを絶賛するが。

残念ながら、最強ではあっても無敵には程遠かった。


何故ならアガートラームの力は強力なだけあって、消耗が激しいのだ。

変身を長時間維持する事は出来そうもない。

その為、魔王の元に居る無数の配下を一人で倒し、更に魔王と戦って勝つというのはまず無理だろう。


魔王に勝つためには、国の、軍の協力が必要不可欠だ。


「さて。それじゃあ残りも黙らせて、ガルザス王子におし――」


邪悪な気配に言葉を途切らせ、上空を見上げる。

晴れ渡った空に、突如黒い染みの様な物が生まれ、広がって行くのが見えた。

まるでそれは青色のキャンバスに、墨汁を零したかの様だ。


「なんだあれは!?」


「どうなている!?」


私の異変に気付き、皆が空を見上げて叫ぶ。

その間にも染みは大きく広がり続け。

やがてその中から大きな岩が姿を現した。


「お、落ちて来るぞ!!」


黒い染みから出るまではスローモーションに見えた大岩の動きは、その全容が晒された瞬間、まるで思い出したかの様に重量に引かれて勢いよく落下する。


私達の真上に。


「くっ!?」


私だけなら躱すのは容易い。

アーニュやハイネも問題ないだろう。


だがこの場には大勢の人間がいる。

しかもその大半は私の攻撃で動けない。

彼らを見捨てる訳にも行かないので、私は素早く結界を張ってその大岩を受け止めた。


「おっも……」


受け止め続けるのはきついので、結界を傾けてから破裂させ、横へと弾いた。

弾き飛ばされた大岩――もはや小さな山と言っていいレベルの岩が地面に激突し、地響きと共に大地を大きく揺らす。


「何でこんな岩がいきなり」


「いや、只の岩じゃねぇみたいだぞ」


ハイネの言う通りだ。

これは只の岩ではない。

私にはわかる。


それが巨大な魔物だと言う事が。


「動いた!?」


大岩が震え、その表面に亀裂が走る。

そこから手足や頭部が飛び出し、魔物は真の姿を現した。


「亀……か?」


岩だと思っていたそれは、手や頭を甲羅の中に埋もれさせていた亀の化け物だった。

亀は私を見てその口元を歪めて笑う。


「貴様が聖剣の使い手か」


その声は低く。

聞く物に不快感を与えるしゃがれた声だった。


「魔王様の命により、貴様を此処で殺す」


この魔物は捨て駒だろう。

いくら強力な魔物だろうと、魔王に対抗しうる聖剣を持つ私を単体で倒せるわけがない。

魔王が私の力を測る為に寄越したのだろう。


「全力で相手をするわけには行かない……か。ちょっとしんどそうな相手ね」


手の内を晒すつもりは毛頭ない。

だが私の力試しに寄越した程の魔物だ、手抜きではそう簡単に倒されてはくれないだろう。


しかも周囲には動けない人間も多い。

被害を出さず、かつ手の内を隠して戦うとなると、きつい戦いになりそうだ。


「なーに一人で戦おうとしてんだよ」


「そうそう、私達を忘れて貰っちゃ困るわよ」


「ありがとう、助かるわ」


本当に助かる。

私は二人と、それとガラハッド王子達にも素早く強化魔法をかけた。


「王子、動けない人達の避難をお願いします」


「ああ、わかった」


ガルザス王子は亀が動き出した時点でトンずらしている。

本当にどうしようもない男だ

追いかけて蹴り飛ばしてやりたい所だったが、下手に動くとその時点で大亀が動き出してきそうだったので我慢した。


「ふん、周りのゴミが気になるか。ならば気にせず良いよう、片付けてやろう」


魔物は手足を引っ込め、その場で回転しだした。

そして勢いよく、独楽の様に此方へと突っ込んで来る。


「あたし達に任せな!」


結界でその動きを弾こうとしたら、それよりも早くハイネが矢の様な速さで魔物に突っ込んでいく。


「どっせぇい!」


ハイネは突進してくる山の様な巨大な亀の甲羅を――素手で受け止めて見せた。

彼女の足元の地面が砕け、信じられない力でその旋回攻撃をハイネは押し留める。


「えぇ!?」


驚いて思わず声を上げる。

ハイネのそれはもう、どう考えても人間業では無い。


彼女、いつからこんな怪獣みたいになったの?


「ナイスよハイネ!」


アーニュが魔法を唱える。

大地から人の腕程もあるツタが大量に飛び出し、巨亀に絡みついた。

無数のツタに絡みつかれた亀の旋回は鈍り、やがてその動きを止める。


アーニュの呪文も、以前とは比べ物にならない程強力になっていた。


「ふ、二人とも。いつの間にそんな出鱈目に強くなったの?」


「何言ってるのよ、貴方の補助魔法のお陰でしょ?」


「え?」


補助魔法のお陰?

アーニュの言っている言葉の意味が分からなかった。


「話は後よ。今は兎に角亀に集中しましょう」


確かに彼女の言う通りだ。

亀はその動きを止めた。

だが、只止まっているだけでまだ倒せた分けではない。


私は頷き。

拳に魔力を集約させ、亀へと突っ込んだ。


「こんな亀、一発で決めてやれ!」


魔物を押さえているハイネが発破をかけてくる。

そんな風に言われたら、一撃で倒したくなってしまう。

私は拳に更に力を込めた。


「任せて!」


力を出来るだけ隠してと思っていたが、なんだかどうでも良くなって来た。

魔王が此方の力を測るというなら、堂々と見せつけて、その上で倒してやればいいだけの事。

何せ私には、こんなにも頼もしい仲間が付いているのだ。

相手が誰であろうと負ける気がしない。


聖なる一撃アガートラーム!」


私は大地を力強く蹴って飛び上がり。

甲羅に着地すると同時に、全力全開、必殺の拳を叩きつけた。

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