第19話 謁見

「どうかご無礼の無いように」


扉の前に佇んでいた執事風の男に釘を刺された。

私が頷くと、分厚い木製の大扉が開かれる。

扉から内側には奥に向かって真っ赤な絨毯が敷かれ、その両サイドをフルプレートを身に着けた騎士達が居並ぶ。


此処はクローネ皇国謁見の間。

その縦に長い空間を、騎士達の間を通って私は真っすぐ奥へと向かって進む。

先導してくれているのはシェキナだった。


「救世主様をお連れ致しました」


最奥。

玉座の前でシェキナが跪く。

私もそれにならって膝を付いた。


「ようこそおいで下さいました。救世主殿」


声を掛けて来たのは女王ではなく、玉座の横に立つ人物だ。

その男はでっぷりとした腹を燕尾服の様な衣装で包み。

禿げあがった頭に、油でギトギトの顔をした不快指数が高い人物だった。

この国の事は詳しくないので誰かは知らないが、おそらく政治に関わる上位の物だろう。


玉座には、黒髪をした妙齢の美しい女性――女王――が腰掛けていた。

彼女は一見微笑んでいる様に見えるが、私にはわかる。

その眼差しには救世主に対する敬意など一切なく、只々高い位置から私を値踏みしているだけだという事が。

救世主などと大仰な呼称ではあっても、女王からすれば只の便利な駒ぐらいでしかないのだろう。


「救世主アリアよ。此度の働きご苦労であった。褒美としてそなたに聖剣を貸し与えよう。以後、この国の為にその剣を振るい。見事魔王を討伐して見せよ」


女王が口を開く。

その口ぶりは、さも私がこの国の為に働くのが当たり前であるかの様だ。

呼ばれて来たは良い物の、その傲慢な態度に腹が立ってくる。

まさかここまで横柄だとは……まあ自らの姪を生贄にしようとしていた相手に、少しでも真面な言動を期待した私が馬鹿だったという訳だ。


「お言葉を返すようですが、この聖剣の所有権はこの国には御座いません。よって、陛下に剣を貸与する権限は無いかと思われます」


「な、なんだと!?陛下に向かって無礼であろう!」


私の言葉に禿げデブが狼狽える。

きっとこいつの中では私が「ははー、仰せのままに」とでも返すと思っていたのだろう。

だが残念ながら、私がこの場にいるのはかしずく為ではない。


「その剣は長きに渡り、この国が守って来た物。その所有権が、この国の主である童にないと申すか」


「理由はどうあれ、本来の継承候補である各国に黙って秘匿していた事には変わりありません。それを周りは決して納得はしないでしょう」


そもそも聖剣を守って来たのは、生贄にされた巫女達だ。

玉座に踏ん反り返っていただけの人間に、所有権など有ろう筈もない。


私は此処へやって来たのは交渉の為だ。


立場上、魔王と戦う事になるのは止むを得ない事だと思っている。

一方的に押し付けられた使命ではあるが、仮にも聖女を目指した私だ。

魔王を倒す力がこの身に宿っているというのなら、喜んでこの拳を正義のために振るおう。


但し、見返りはちゃんと請求する。


「各国に知らせる必要などあるまい?聖なる武器は我が国の鍛冶師が心血を注いで生み出し、我が国の最高の騎士たる其方がそれを持って魔王を討伐する。態々争いの種をまく必要などなかろう?」


交渉内容は2つ。

一つは私の身分を明らかにする事だ。

ガレーン王国は、聖女アリアが魔王を復活させた魔女と発表してしまっていた。

その誤解を解かなければ、例え魔王を倒しても私は胸を張って日の元を歩けない。


世界を救うために命を張ろうというのに、流石にそれは「ふざけんな!死ね!クソガルザス!」という気持ちでいっぱいになる。

到底受け入れがたい。


「争いの種になろうとも、私には必要な事です」


魔王を討つ聖剣に選ばれた。

それのみが私の身の潔白を証明する只一つの方法だ。

それを秘匿されてしまったのでは話にならない。


「そのような自分勝手な話が通る訳がないだろう!」


禿げデブが顔を真っ赤にして口を挟んで来る。


「通します。通らないのならば、他所の国で交渉するまで」


「ななな!?なんだと!」


「其方は自分が何を言っているのか、分かっておるのか?」


「勿論です。私は、聖女アリアを救世主として認めてくれる国に属するつもりですので」


私が魔王を倒す。

それは所属する国が魔王を倒した事にもなる。

クローネ皇国は秘匿した事を周囲から責められるだろうが、それでも世界を救ったとなれば十分すぎる程の見返りはある筈だ。


それ以上欲張るというなら、他の国に行って交渉するまでの事。


「我らを脅すと?」


私が聖剣を持って他の国へ行けば、この国はただ聖剣を秘匿していただけの国になってしまう。

勿論容易にその事を認めはしないだろうが、不味い立場に置かれる事は目に見えていた。

彼らからすれば、是が非でも私には残って貰いたいはず。


「私はこの国生まれではありません。この国に拘る理由がないというだけです」


「成程……愛国心などはないという訳か」


この国に来てから1年近くたつ。

愛着が全くない訳ではないが、だからと言ってこの国の利益の為に自分を捨てて粉骨砕身なんて気には到底なれない。


「愚かな女だ……この者を捕らえよ!」


女王の命に従い、居並ぶ騎士達が剣を抜き放つ。

どうやら交渉決裂の様だ。


やれやれと、私は肩を竦める。

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