第18話 救世主

「ここ……は?」


目覚めると灰色の天井が目に入った。

周囲を見渡すと、自分がベッドに寝かされている事に気づく。

取り敢えず上半身を起こし、首を振ってコキコキ鳴らそてみた。


「う……」


体が重い。

聖女となるべく励んでいた頃以来の疲労だ。

そう言えばあの頃は、毎日こんな感じだったなと思い出す。

来る日も来る日も国を守る聖女となるべく訓練して来た結果が、今の魔女扱いだと言うのは余りにも切ない。


ガルザス死ね。


「あの後……」


気絶する前の事を思い出す。

取り敢えず自分がベッドに寝かされているという事は、魔物の撃退は成功したのだろう。


しかしこの体重さ、呪いを解くのに無理をした反動だろうか?

ひょっとしたら、アガートラームを身に着けた反動という可能性もある。


「そう言えばアガートラームは…………あれ?ひょっとして中に入ってる?」


アガートラームを意識した瞬間、体の中に何かが入っている様な異物感を感じる。

私は本能的にそれが例の聖剣である事を理解した。

体の中にあれば無くしたり奪われたりする心配はなくなるが、勝手に人の中に入って来るのは止めて貰いたいものだ。


こっちは仮にも乙女なのだから。


「あ、お目ざめになられたんですね!」


だるいのでぼーっとしていると、白衣の女性が部屋に入って来た。

見た事のない顔だが、格好から回復術士だと当たりを付ける。


「貴方が面倒を見てくれたの?」


因みに、回復術士というのは回復系に特化した魔導師の事を指す。

彼らは白い服装を好む傾向が強く。

通称で白魔導士とも呼ばれる事も多い。


「は、はい!私は回復術士のカレンと申します!未熟者ですが、救世主様のお世話をさせて頂きました!」


「そう。ありがと……ん?」


今なんて言った?

救世主って言った様な?

聞き間違い?


「あー、えっと。聞き間違いかもしれないけど、今ひょっとして……救世主って言った?私の事?」


「はい!アリア様は世界をお救いになる救世主様です!!」


「……」


いや、確かにアガートラームからは魔王を倒せと言われたし。

私が転生させられた理由は間違いなく、魔王と戦うためだとは思う。

だがいくら何でも救世主は大げさすぎるだろう。


って、そういや何故彼女はその事を知っているのだろうか?


「えー、あっと……なんで私が救世主になるのか……聞いてもいい?」


「初代女王様がお告げを残されていたそうです!魔神器の呪いを解いて手にする物が現れる時、魔王が滅び、世界が救われると!」


そんなお告げが……って、あれ?

魔神器は魔王の使った武器と、シェナスからは聞いている。

実際は魔王に呪いをかけられた聖剣だったわけだが……予言として残されていたという事は、当然クローネ皇国はその事を知っていたと言う事になる訳だが。


ひょっとしてシェナスに担がれた?

いやでも、彼女が嘘をついている様には見えなかったのだが……


「おお、アリア殿!お目覚めになられましたか!!」


そこに丁度良くシェナスが姿を現してくれた。

分からない事は直接聞くに限る。

でもその前に――


「シェナス、レア様は?」


レア様の安否を確認する。

そもそも私は彼女を助けるために戦ったのだ。

聖剣がどうこうよりも、まずはそっちの方が気になる。


「御無事です。これも全てはアリア様のお陰です」


「そう、良かったわ」


まあ彼女の様子を見る限りそうだとは思ったが、本当に無事でよかった。


「ところで、魔神器の事なんだけど……」


「おっしゃりたい事は分かります。あれが聖剣であった事は、一部の王族のみが知る秘密でした。我々がその話を聞かされたのも、襲撃の後連絡した際の事です。誓ってアリア様を騙していた訳ではありません。どうか信じて頂きたい」


「そっか……うん、信じるよ」


やはり彼女は嘘を吐いてはいなかった。

一瞬でもシェナスを疑った事を申し訳なく思う。


しかしそうなると疑問が出て来る。

皇国は聖剣を、何故魔神器と偽っていたのかという事だ。

考えられるとしたら……魔王関連だろうか。


呪いをかけたとはいえ、元は魔王を引き裂いた聖剣である。

魔王にとってアガートラームの封印解除は脅威であった筈だ。

皇国側は聖剣である事を知らないふりをする事で、魔王を欺こうとしたのかもしれない。


……いやないか。


自分の脅威になるかもしれない物を、魔王がほったらかしにするとは思えない。

現に魔王は強力な魔物不死身のナーガを送り込んで奪おうとしていた。

皇国だって、その程度で魔王が攻めて来なくなるんて思う程愚かでは無いだろう。


じゃあ目的はいったい?


「何故魔神器などと呼ばれ、恐れられていたか。それが気になるのですね」


「えぇ、まあ」


私が少し黙って考え込んでいると、シェナスが私の考えを読んで先に口を開いた。

その口振りだと、その理由も聞かされているのだろう。


「それも予言にあったそうなのですが……」


シェナスは少し口を澱める。

何か言いにくい事なのだろうか?


「聖剣を巡って人間同士が戦争になる、と。そう予言されていたそうです」


「ああ……」


魔王ではなく。

人間を警戒しての事だった訳か。

言われてすんなり納得する。


魔王がいる間は、聖剣を巡って戦争など起きようはずもないが。

封印後の世界なら十分考えられた。


この大陸に存在する国の多くは、元々一つだったらしい。

クローネは不毛の地に後からできた新興国だったので関係はないが、それらの元となった国は魔王を倒した勇者の血縁と――嘘か誠かは知らない――されている。


クローネに聖剣があると分かれば、当然各国はその所有権を主張していた事だろう。

なんなら、それを旗印に大陸統一を目指す国だって出ていたかもしれない。

それを避けるため、あえて魔王の武器――魔神器としてクローネ皇国は公表していたという訳だ。


「警戒すべきは人間……か……」


ガルザス王子の事を思い出す。

そもそも彼が余計な事をしなければ、こんな状況にはなっていないのだ。

人間の欲深さと愚かさを痛感させられる。

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