第20話 精鋭が聞いて呆れる

「もう一つ交渉があったんだけど、そっちはもうする必要は無いみたいね」


私は溜息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。

その際シェキナと目が合う。

彼女は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


彼女には交渉する事を事前に伝えてあった。

何かあったら尽力すると言ってはくれたが、もし交渉が決裂し、私が捕らえられそうになっても動かない様指示してある。


私はまだ聖剣の力を完璧にコントロール出来ていない。

その為、大勢に囲まれている状態で下手にシェキナに動かれると、逆に邪魔になる可能性があるからだ。


「お主は気づいておらぬかもしれぬが、此処に居並ぶ騎士達は我が国における精鋭中の精鋭」


勿論気付いている。

彼らがもしもの時、私を捉える為に用意された手勢である事は。

そもそも女王への謁見だからと言って、数十名もの騎士を配備するのは明かに異常だ。

気づくなという方が無理だろう。


私の周囲を大勢の騎士達が取り囲む。

序で大扉が解放され、大量の兵士が雪崩れ込んできた。

念には念を入れてと言った所だろうか。


「言っておくが、妾を人質には取れんぞ?」


女王と私の前に、それを遮る騎士達は居ない。

だが彼女は玉座に座ったまま、その場から動く事無く悠然と微笑んでいる。


「結界とは、随分と念入りですね」


玉座の周囲には強力な結界が張ってあった。

女王はこの状況で私に破られる事は無いと踏んでいるのだろう。

確かに聖剣を手に入れる前なら難しかったかもしれない。


だが今の私にとって。

いや、それ以前に――


「人質など必要ありませんよ」


今までの事から、一つ分かっている事がある。

それはこの国の女王が、魔王を甘く見ている事だ。


本気で魔王を脅威に考えていたのなら、復活が判明した時点で他国の協力を仰ぎ、聖剣を何としてでも守り抜こうとしていた筈。

少なくとも、1度目の襲撃で結界が破損した時点でそうしたに違いない。

だがこの国はそれを良しとせず、巫女を使って結界の修復で済まそうとしていた。


――つまり、聖剣は最悪奪われてもいい程度に考えていたという事だ。


あれば楽になるが、無くてもどうにでもなる。

この国の女王にとって、魔王とはその程度の認識なのだろう。


「人質が必要ない?まさかこの囲みを破れると、本気で考えておるのか?」


魔王を舐めるという事は、当然その対抗馬たる私を舐める事にも繋がる。

どうやら女王は、私の事を完全に見くびっている様だ。


まあ魔王が暴れたのは遥か昔の事。

実際に対峙した事のない彼女が全てに楽観的な判断を下したとしても、それはある程度仕方のない事なのだろう。

危機という物は、直面しない事にはなかなか気づけない物だから。


だが、そんな勘違いに付き合ってあげる程私は甘くはない。


「ブートデバイス!アガートラーム!」


私は、私の中に入り込んでいる聖剣を起動させる。

私の胸元――心臓――から光が溢れる。

その光は肉体を覆い、白銀の鎧へと変わっていく。

そして両手には剣ではなく、代わりに宝玉の嵌ったナックルが装着される。


アガートラームは聖剣と定義されてはいるが、どちらかと言えば装置や兵器に近い。

使用者の状態に合わせて最適な形に変形し、敵を討つ破壊兵器。

それがアガートラームの正体だ。


「行くわよ」


叫ぶと同時に時間を止めた。

先ずは高慢ちきな女王の鼻っ柱をへし折ってやる事にする。


騎士達の隙間を縫うように移動し、玉座に張ってある結界に手を触れる。

その瞬間、音も無く結界それは砕け散った。

かなり強力な物だったが、アガートラームにとっては飴細工にも等しい。


私は女王の側面に回り込み、その肩に手を置き。

時間停止を解除する。


「結界なんて通用しないわよ?」


「ひっ!?」


女王がひきつった顔で玉座から転げ落ちる。

いきなり横から現れて肩を掴まれたのだ。

さぞや驚いた事だろう。


「ギャッ!!」


転げ落ちる際に、隣にいた禿げの股間に女王の後頭部がぶつかる。

堪らず悲鳴を上げて、デブが股間を押さえて蹲った。

その様はまるでコントだ。


「だ、誰か!その者を捕らえよ!殺しても構わん!!」


「それは無理ね」


私は騎士達に右掌を翳す。

その瞬間私の右目がロックオンモードに切り替わる。

次々と騎士達を高速でロックオンした私は、掌に魔力を集約させ解き放つ。


掌から光が弾け、散弾となって騎士達に襲い掛かる。

一見無造作にばら撒かれたように見える光の粒は、曲線を描き、的確に騎士の胸元を貫ていく。


「全弾命中か……精鋭が聞いて呆れるわね」


ガシャガシャと金属が床にぶつかる音が謁見の間に響く。

騎士達が手から剣を落とした音だ。

そして全ての騎士はヘナヘナとその場に崩れ落ち、尻もちをつく。


マインド・クラッシュ。

精神への攻撃を行う魔法だ。

これを受けた者は一時的に心神喪失状態へと陥る。


防ぐ方法は至って単純。

回避すればいいのだ。

多少の誘導性はあるが、素早く動かれれば簡単に外れる程度でしかない。

ただ回避できなかった場合でも、強い精神力があれば乗り切るレジスト事はできる。


かつての仲間を思い出す。

ハイネならきっと容易く躱していた事だろう。

そして、アーニュならばその精神力で耐え切った筈だ。


それに比べ、目の前の騎士達の無様な事よ。

恐らくその腕前は、祠の砦に居た兵士達以下だ。

精鋭と言っても、女王に媚びへつらっている、実践も知らない貴族の子息が中心なのだろう。

それで私を討とうだなどと、お話にならない。


「そ、そんな……騎士達が一瞬で」


「聖剣の力はこんな物では無いわ。舐めないでよね」


「ひっ……」


私が睨みつけると、女王は小さく悲鳴を上げ。

這ってその場から逃げ出そうとする。

だが腰が抜けてしまっているのか、みっともなく手をばたつかせるだけで全く進んでいない。

そのすぐ横では禿デブが股間を押さえて蹲っている。


これが国の上に立つ者達なのかと思うと泣けて来る。


「まあいいわ。私はこれで失礼させて貰うけど。これ以上手出しするなら潰すわよ。この国を」


そう言い残し、私は堂々と中央の絨毯の上を歩いて進む。

兵士達はそんな私に黙って道を開ける。


「すいません」


「別に貴方が謝る必要は無いわよ」


シェキナが駆け寄り、私の後ろに続く。

交渉が決裂した場合、彼女は亡命をする事になっている。

レアと、その父親であるウェルダン大公と共に。


レアは庶子だ。

今までは結界を維持する巫女として必要とされてきたが、もうその役目はなくなった。

そうなれば庶民の血が流れている王族の子など、邪魔者以外何者でもない。

冷遇程度ならいい方で、最悪抹殺も考えられた。


だから交渉が上手く行った場合、彼女の身の保証もさせるつもりだったのだが。

決裂したのでとんずらするという訳だ。

大公も覚悟を決めて、それに付き合う様だった。

女王は糞だったが、父親の方は少しは真面そうで安心する。


「さて、どこにいこうかしら」


考える時間が余りなかったので、私の身の振り方はまだノープランだった。

何処へ向かえばいいのやら。


「実はレア様が、今朝早くに神託を授かった様で。それがアリア様に関わる内容だったと聞いています」


初代クローネの女王には予知や予言の力があったらしい。

その血を引くレアにも、ほんの少しだけその力が備わっているらしく。

極稀に未来を見通したり、神からのちょっとした予言の様な物を授かったりするらしい。


「内容は?」


速足で城内を抜けていく。

強く脅しをかけておいたので、直ぐに追手が放たれるとは思わないが。

居心地が余りよくないのでさっさとおさらばさせて貰う。


「なんでもガレーン王国で、アリア様が運命の出会いを果たすという内容だったそうです。詳しくはレア様にお聞きください」


「えぇ……」


思わず不満の声を漏らしてしまった。

ガレーン王国は私を魔女認定して、人類の敵扱いしている国だ。

そこへ戻る予言を効かされ、良い気分になる訳もない。


けど運命の出会い……か。

すっごくカッコいい彼氏と出会っちゃったりして……


行くしかないわね。


今の私なら一軍相手でも立ち回れる自信がある。

小さなリスクで運命の相手と出会えるなら、行かない理由は存在しない。


まっててね!

運命の王子様!


こうして私は浮かれ気分でガレーン王国へと帰郷を果たす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る