第5話 魔術師養成機関②


 職員室の一角、個室となっている部屋に押し込まれ、俺は教師から尋問を受けていた。テーブルと向かい合って並ぶ椅子。その片方に俺は座らされている。


「あなた、入学式前から上級生と喧嘩するなんてなにを考えているのです?」


 と、赤縁メガネの女教師が言う。


「困るねぇ、あまり問題を起こされると。まあ幸い、あの学生たちも大事に至らなくて良かったですが…」


 と、小太りの油っぽいおっさん教師が言う。


「ブハッ、おまっ、ボッコボコじゃね?つか、あばら折れてんの?クッソおもしれぇことやってんじゃん!次からオレを呼んでからやれよ?」


 とは、バリスの言葉だ。


「ゴホン、バリス教官。いくらここのトップだからと言って、学生を貶めるような事を言うのはやめてください」


 女教師がメガネをクイっとして言う。


「いやいや、トップだからなんでも言えんだよ。もういいから、ここはオレに任せてお前らは仕事しろ」


 バリスが片手を振ると、渋々と女教師とおっさん教師は出て行った。


「それで?」


 二人きりになると、バリスがもう一つの椅子にドカッと座って、両足をテーブルの上に乗せて組んだ。


「それでもなにも、急に絡んできた先輩方が、俺をボコスカ殴るからやめてもらっただけだが。正当防衛だろ?」


 しっかり加減はしたつもりだ。


「まあな、実際大怪我してんのはお前のほうだしな」

「そうなんだよ、これ金取れるよな?ライセンス停止で金に困ってんだよほんとツライぜ」


 実際お金がないのは本当で、外でストレス発散もできない状態だ。


「金とるのは無理だ。ここは学院だぜ?多少何をしても許される。だからあの学生たちはすぐに手を出すんだ」


 おおう。なんか闇が深いな。そんな所で育った魔術師たちが、将来協会に所属していると考えると身震いするぜ。


「お前の想像通り、ああいう魔術師が協会を支えてるんだ」


 バリスとは、好き嫌い以前に付き合いが長い。だから、自然と俺の思った事がわかったみたいだった。


「そりゃ正規だ野良だと差別意識も持つよな」

「ああ。オレはそれを良しとは思わないが、長年の伝統みたいな所もある。それに、実力次第と考えるのは協会に入っても同じだ」


 協会の魔術師も、実力で階級が変わる。こなした任務の数、その難易度、倒した魔族の数などなど。


 一生最下層で終わる魔術師もいる。


 そんな中で、28歳にして軍のトップへと上り詰めたバリスも、実はものすごい奴なのだ。


「しっかしなぁ。まさかあんな雷撃をまともに食らう奴が上級生だなんてなぁ」


 少し残念ではある。


「ハッ、お前なぁ……雷撃は一級魔術だろ?あんなもん避けられてたまるかよ。それに、いくら学院生でもな、精々が二級魔術が限界なんだぜ?それをお前、ポンポン出されちゃ敵わん」

「一番得意なんだもん」


 ちなみに、俺の恥ずかしい呼び名である『金獅子の魔術師』の由来は、俺が金髪であることと、雷属性の魔術が得意だからだ。


「そういやお前、誰かと魔術で闘った事あんの?」


 バリスが興味津々と聞いてくるので、俺は正直に答える。


「ない」

「一度も?」

「うん。だってザルサスは俺に魔術を教えるだけだったし、12歳で協会に入ってからは魔族相手の任務ばかりだったから……あー、でも一方的に捻り潰した奴は何人かいるか……」


 協会の主な任務は、神出鬼没で暴れ狂う魔族を倒すこと。あと、魔術師関連の犯罪者の取り締まりなどだ。


 その任務のランクに合わせ、魔術師を派遣するのが協会だから、俺は必然的に高ランクの任務に行くことになる。


 そうなるともう、相手は魔族しかいないわけで。


「オレと出会ったのも12だったよな?」

「おう。バリスは若かったのに、二十代後半になって老けたよなぁ」


 バアアン、とバリスがテーブルを叩いた。こっわ。


「今のは聞かなかったことにしてやる」

「はい」


 バリスに叩かれると、全身の骨が砕けそうだ。


「最初の階級はなんだった?」

「んー、一級かな、忘れたけども」


 もうひとつ説明しておくと、協会に属する魔術師のライセンスには階級が刻まれている。


 上から特級、一級、二級、三級、四級、五級の六段階。


 特級は12人。議会のメンバーだ。


 んで、任務にもこの階級に見合ったランクが設定してある。対応する任務に就くのが普通だ。ちなみに学院生は最初から五級。卒業するまでにワンランクでも上がれば上出来だ。


 あと魔術にもランクがある。五級から三級は四元素の魔術。二級は複合魔術。一級は特殊魔術。特級は固有魔術だ。


 この固有魔術は国家機密となっているから、俺が自分で使えるもの以外はほとんど知らない。


 んま、適当に持ってる知識で補完してくれ。俺は自由主義なんで自己解釈オッケーだ。


「一級ねぇ。普通は12歳がいきなり一級はもらえないんだが、お前はやっぱ規格外なんだろうな」

「だろーなぁ。現にこの一年、本当に階級がなかったもんなぁ」

「は?」


 バリスがいきなり身を乗り出したから、俺は椅子の背もたれにめいいっぱい避難した。


「階級がなかった?」

「ん。ほら、停止されたライセンスカード。こんなもんいらねえからやるよ」


 嫌味みたいに使えないカードを持たされて、俺はちょっとイライラしていた。


 だから、ここぞとばかりにバリスに押し付ける。


 バリスはそれを受け取ると、マジマジと見つめた。眉間に物凄いシワができる。やっぱり歳とったなと思うが、口には出さない。


「……マジでなんも書かれてないな」

「だろ?そのせいで、余計に野良だなんだと言われるようになったんだ」


 まるでテストの点数でも見せるみたいに、協会の魔術師たちはライセンスカードを見せびらかすのが好きなのだ。


 二級以上になると、首から提げるようなアホもちらほらいる。


「これ、借りといていいか?」

「いらん。やるよ、金獅子の魔術師のライセンスカードだぜ?なんならサインでもしてやろうか?」


 ドゴォッ。


 なんの音かと言えば、バリスのゲンコツが俺の頭頂部に振り下ろされた音だ。


「いだいいいい」

「ふざけんなよ次は頭かち割るからな」

「あい…すみませんでした……」


 頭を抱えていると、バリスがふと笑った。


「よし、もう帰れ。入学式遅刻すんなよ」

「了解であります!!教官!!」


 これ以上怪我を増やされるのも嫌なので、俺はさっさと退散する。


 話をしている間、ピニョは、バリスが嫌いだから俺のトランクにドラゴンの姿でくっついていた。


 本人曰くストラップなんだそうだ。


 まあ、こんな街中に、しかも学院に本物のドラゴンが居るなどとは誰も思わないから、案外真面目にストラップとして通りそうだ。


 そんな感じで、俺の更生プログラムが始まったわけだが、お察しの通りあまり良い出だしとは言えなかった。


 そりゃ早々に先輩方と揉めたのだから、当然といや当然だな。

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