第4話 魔術師養成機関①


 というわけで……


 少ない荷物を持ってやってきたのは、魔術師協会から程近い場所にある学院だ。


 こっちの建物も協会本部と似たような白くて均整がとれた外観だが、敷地は協会よりかなり広い。


 ザルサスに押し付けられた資料によると、入学式は明日で、今日中に学生は宿舎へ引っ越すとのこと。


 学則が厳しく、中でも学院内へのアルコールの持ち込み禁止という文を見つけた時には、軽くめまいがした。


 禁断症状じゃないぞ?精神的ストレスによるものだ。


「レオ様、楽しみですね」


 ピニョはヘラっと笑っているが、俺は全然楽しみじゃない。


 敷地内に入ると、そこそこ学生の姿を見かけた。みんな俺と同じ、軍人みたいなキッチリした制服を着ている。


「レオ様っ、ネクタイが曲がってますです!」

「やめ、ちょ、恥ずかしいから触るな!それくらい自分で直せる!!」

「ピニョにさせて下さいです!レオ様の身嗜みを整えるのもピニョの仕事です」

「いらねぇよ!お前は俺の親か!?」


 グイグイネクタイを引っ張るピニョを、なんとか押しやっていると、周囲を歩く学生から微妙な視線を向けられる。


「あの人、小さい子にお世話されてる」

「恥ずかしくないのかな」


 などと、俺の尊厳をぶち壊すような声も聞こえてきた。


「ピニョのせいで変な眼で見られてるだろ!」

「変なのはネクタイです!!」


 ピニョは頑固だ。俺の手に負えない。


「おいおい、入学前からイチャイチャしてんじゃねえよ」


 そこに、いかにも性格の悪そうな顔の男が三人現れた。周りで見ていた学生が、サッと目を逸らした事から、そいつらが上級生だと言うことがわかる。


「レオ様!やっと直りましたです!」

「直りましたじゃねえよ。ピニョの所為で俺今不良に囲まれてんだよ」


 そう言うとピニョは、慌てて周りを確認し、さっと俺の後ろに隠れた。


「あわわわっ、ピニョの苦手なタイプの人達ですううううう」

「おまっ、ふざけんなよ!?もともとお前が余計なことするからこうなってんだよ!!」


 俺はピニョのおさげを引っ張って、逆にピニョの後ろへ隠れようとした。


 それを遠巻きに見ていた学生たちが、「うわ、女の子盾にしようとしてる」、「サイテー」と言ったが構うものか。


「おい、いい加減ふざけんじゃねえぞ」

「一年の分際で、調子乗ってんじゃねえよ!」


 などと言われても、なんのこっちゃわからん。


「あのですね、先輩方。お騒がせして大変申し訳ありませんでした。この通りお詫び申し上げるので、見逃してくださいお願いします」


 長いものには巻かれるのだ。ここは穏便に、とりあえず謝っておく。クズだからな、俺。ヘラヘラ謝んの得意なんだ。


 周りの視線が痛いが、まあ気にしないことにする。


「ああん?なに謝ってんだお前?」

「謝って済むわけないだろ」

「ボコすぞゴラァ!?」


 品行方正な協会魔術師の、卵たちがこれです。品行方正ってなんですかと思う。


「わ、わかりました、すみませんこれで許してくださいお願いします」


 面倒なのでその場で土下座してやった。


 いいさ、将来はこいつらに土下座してもらうつもりだから。


「お前舐めてんじゃねぇよ!」


 ドガッと、振り下ろされた軍靴が俺の後頭部を踏む。衝撃で地面に額を打ち付ける。


「レオ様ぁあああ」


 ピニョが悲鳴のような声を出した。


「ここはな、実力勝負の魔術師養成機関だぜ?売られたケンカに速攻土下座する奴がいるかよ?」

「そんな弱い奴は、今からでも家に帰った方がいいんじゃね?」


 先輩のひとりが、今度は俺の脇腹を蹴り上げる。俺もよく知ってるが、軍靴で蹴られるのはめちゃくちゃ痛い。


「レオ様に触るなっ!!レオ様は本当は、協会の、」

「ピニョ!!それ以上は守秘義務だ!!」

「むぐっ」


 あぶねっ!ピニョが俺の正体をバラしたら、罰を受けるのはこっちだ。


 軍事機密を漏らせば重い罰を受ける。それと同じで、俺は自分から階級や『金獅子の魔術師』なんて漏らすわけにはいかない。


「あ?なんだよ?文句あんのか?」

「言いたいことがあるなら聞いてやるぜ?」

「今言わないと、もうチャンスはないかもなあ」


 不良先輩はニヤニヤ笑い、さらに蹴りを叩き込んでくる。


「ゲホッ、ゲホ…気が済むまでやれば?」

「ああ?」

「だから、気が済むまで殴ればいい」


 そうやってお前らが知らんとこで、将来のキャリアがぶっ壊れていくんだザマァ!!


「このっ、クソが!」


 完全にキレたのか、容赦のない暴力が俺を襲う。


 俺は確かにクズだけど、ここまで酷くはない。


 よってたかってひとりをボコボコにするなど、俺よりこいつらの方が余程クズだ。


 それに、はなからプライドもクソもない俺みたいな人間をボコボコにしても、そんなに意味はないのになぁ。


「ちょっとなにしてるんですか!?」


 地面に転がる俺の上から、凛としてよく響く女の声が聞こえた。


「んだ?お前こいつの友達か?」

「女は黙っとけよ!!」


 不良先輩の足が止まる。今度のターゲットはその女になったようだ。


「後輩に暴力振るって、先輩として恥ずかしくないんですか?」

「暴力もなにも、このふざけた新入生に学院の厳しさを教えてやってんだ!」

「それのどこが悪い?」


 あくまで悪びれた様子もなく、先輩たちはニヤニヤと笑う。


「大体な、ここは魔術師養成機関だぜ?文句あんなら魔術でもなんでも使ってやり返してこいよ」

「ああなるほど」


 地面に座って聞いていた俺が、突然口を挟んだことに驚いたのか、先輩三人が一斉にこっちを見た。


 乱入して来た女も、俺を不審な顔で見下ろしている。


「忘れてた、魔術ね、魔術」

「はあ?」


 訝しむ先輩三人。かたやニヤリと笑う俺。


「〈大気を貫き爆ぜろ:雷撃〉」


 詠唱と同時、高速で放たれた電撃が先輩三人を撃った。バチバチと空気が爆ぜ、それが消えると全身から煙を上げる先輩三人が倒れていた。


「っ、すごい…今の、円環も見えなかった……」


 となりで立ち竦む女子。を尻目に、


「うおおおおっ、死ぬ……」

「レオ様あああ!!」


 地面をのたうちまわる俺に、駆け寄るピニョ。


「ザルサスのクソがっ!今のでこんな痛い思いすんの!?もう嫌なんだけど!!」

「おいたわしいですうううう、でもでも、さすがレオ様の魔術ですうううう、最高に綺麗な電撃でした……例え全盛期の100分の1くらいの威力でもです……」

「ピニョお前余計なこと言うなよ!!悲しくなるだろーが!!」

「ごめんなさいです……」


 にしても、100分の1の魔力でこの激痛か。もっと抑える必要があるな。


 一度試しておく必要があるなと思っていたが、まさかこんなにも制限があるなどとは思わなかった。


「聞いてもいい?」


 頭を抱えていると、乱入女が口を開いた。


「なんだ?」

「名前……」

「俺?俺はレオンハルト・シュトラウス。こっちが下僕のピニョだ」

「下僕っ!?レオ様、それは酷いですぅ」

「間違ってねぇだろ?」

「はいです……」


 そんな俺とピニョのやりとりを他所に、女が微妙な顔で呟く。


「レオンハルト…?」

「ああ、レオとでも呼んでくれ。お前は?」

「私はエミーリア・フロレンツ。同じ一年生よ。リアって呼んでね」


 リアはスッと手を差し伸べ、俺が立ち上がるのを手伝ってくれた。


「ありがとう…」

「いいよ。それより、ね」

「ん?」


 リアはちょっとだけ顔を赤くして、それでも俺の顔をちゃんと見て言った。


「私に、魔術教えてくれないかな?」

「え?」


 生まれてこの方、任務以外で人に頼み事をされたことが無かった俺は、聞き間違いかと思った。


「俺が魔術を教える?なんで?」

「今の雷撃、凄かった。私、協会の魔術師になるためにここに来たの」


 そりゃそうだろうよ。それ以外にこの学院に通う理由があるのか?


「でもそれだけじゃなくてね」

「ふむ」

「『金獅子の魔術師』に憧れてて、あんな風に強くなりたいって思ってるの。レオの魔術、凄かった。だから、私にも教えて欲しいな、なんて」


 エヘヘ、と照れ笑いを浮かべるリアは、とても可愛いかった。


 薄いピンクの長い髪と、エメラルドの瞳に、俺は多少心を奪われた。


「……いいよ、俺に出来ることなら」

「ありがとう!!」


 無邪気に微笑み、俺の両手を握る。手の感触が暖かくて、なんだか俺も恥ずかしい。


「レ、レオ様っ、そんな事、勝手に了承して良いのですか?」


 ピニョが焦るのもわかる。


 俺の扱う魔術は何個か国家機密扱いだし、もちろん金獅子云々がバレるわけにはいかない。


 しかしだ。


 多少の危険を犯す魅力が、リアにはあるのだ。


 俺も年頃の男の子だし。


 国家機密より俺の人生の方が大事だろ?


「わるいなピニョ。あのジジイには内緒な」

「ううううう、こういう時だけ、良い笑顔しないでくださいです」


 ピニョは顔を赤くして、何度か頷いた。よし、これで口は封じた。


「まあそういう訳だから、なんでも聞いてくれて構わない。手取り足取り教えてやるよ」

「レオ様…言い方が残念です……」


 いらんツッコミを入れるピニョを、おさげを引っ張って黙らせる。


「ありがとう!よろしくね、レオ!!」


 と、眩しい笑顔に鼻の下を伸ばしていると、誰が呼んだのか教師が数人駆けつけて来て、めでたく俺は職員室に連行されて行った。

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