第3話 正規と野良


 目が醒めると、超近接ピニョと目が合った。


「レオ様ああああっ、よくご無事で!!」

「近いうるさい離れろ」


 ピニョがサッと脇に避け、俺は身体を起こす。


 清潔なシーツの敷かれたベッドだ。それが壁際にいくつも並んでいる。


 協会の医務室だった。


「ピニョは心配していましたです。大事に至らなくて良かったです」


 シクシクと顔を覆って泣くピニョに、軽く殺意が湧いた。


「ピニョお前!!会議の内容知ってただろ?俺をク、ク、クビにするとかなんとか……」


 自分で言って、結構な精神的ダメージを受ける。俺無職じゃん。本物のクズじゃん。


「知らなかったですよー!……ただ、今回は本当にヤバイなあとは、思っていましたで痛い痛いレオ様ああ」


 ピニョのおさげを引っ張ってビョンビョンしてやった。完全なる八つ当たりだ。


「はよ言えよ!!」

「ヤバイって言いましたですうううう」

「泣いても過去は戻ってこねぇんだよ!」


 と、過去の俺自身にも言い聞かせてやりたい。


「チッ、こうなったら焼け酒だ。ピニョ、俺の部屋に酒もってこい」

「あの……」


 大変申し上げにくいのですが、と、ピニョが顔を逸らす。


「どうした?」

「あのですね、レオ様。落ち着いて聞いて頂きたいのですが」

「なんだよ?早く言えよ」


 ピニョはひとつ深呼吸をして、ポケットから一枚のカードを取り出す。


 黒地に金で文字が刻まれたそれは、協会所属の魔術師がもつライセンスカードだ。


 かざすだけで金が払えたり、階級ごとに許可された扉を開けたり、まあ、一枚でなんでもできる優れものだ。


「レオ様のライセンス、昨日付で停止されてましたです」

「……え?」


 停止?


「ちなみに宿舎のレオ様の部屋も、さっき追い出されましたです」


 そう言ってピニョが背後を振り返ると、そこにはトランクがポツンと置いてあった。間違いなく俺の物だ。


「あ、あはははは、冗談だよな?」

「冗談でもなくてですね、先程ザルサス様がお見えになって、新しいライセンスと学院に関する書類を置いて行かれましたです」


 と、差し出された書類の束と、白地に黒い文字が刻まれたそっけないライセンスを渡される。


 そこにはしっかりと、俺の名前と学院の名前が並んでいる。


「ザルサス様が、本名で登録しても問題ないとおっしゃってましたです。まさか協会最強の魔術師が16歳だなんて誰も思いませんし、一応協会の決まりで18歳以下の個人情報は開示していないので」


 確かに。


 悲しいことに俺は、自分が『金獅子の魔術師』だと、世間に知られていない。せいぜいよく顔を合わせる協会の人間だけだ。


 協会最強と言われる兵器の情報を、出来るだけ秘匿しておきたいという協会の思惑もあるが。


「俺はどうすればいいんだ……」


 ガクリと項垂れる俺に、ピニョは笑顔を浮かべる。


「こうなったら、学院生活楽しむというのはどうですか?レオ様は同じ年頃のご友人もおられませんし、案外楽しいかもしれませんよ?」

「楽しいわけないだろ。今更、同年代と魔術の勉強しろってか?それも本来の魔力を封じられて、まともに力も出せないのに」


 さっきまで笑顔だったピニョのおさげがしょんぼり垂れている。


「レオ様はお気付きじゃないかもしれませんが、本来は、人間がそんなに大きな力を持っていることがおかしいんです」

「そりゃ、みんな俺みたいだったら、会議室の椅子は12個じゃたりないだろ」


 むしろ会議室が足りないかもしれん。


「ふざけないでくださいです。レオ様が少し我慢をして学院を卒業すれば、もう野良魔術師と笑われることもなくなりますです」


 確かに。


 協会に属していても、守秘義務で俺の本来の階級は伏せられている。


 だから、協会の下っ端魔術師ほど俺の事を知らない。ライセンスを見れば、学院卒じゃ無いこともバレバレだ。


 俺は知ってる。陰で野良だとバカにされている事を。


「それに、学院は3年制です。卒業する頃には、レオ様は胸を張って階級通りの待遇を受けられるんですよ?学院も悪く無いんじゃ無いです?」


 ピニョの言う事も、一理あるのは認める。


「ピニョが全力でサポートさせていただきます!学院に行きましょう、レオ様!!」


 俺の手を握り、フンスフンスと鼻を鳴らすピニョに、仕方なく頷いてやる。


「わかったよ……」


 そう答えると、ピニョはとても嬉しそうに笑った。


 まったく好みの顔ではないが、ちょっと嬉しかった。







 医務室を出ると、廊下に嫌な顔があった。


 ぴちぴちのシャツを着た、厳つい顔のバリスだ。


「レオぉ、どうだ?ライセンス停止の気分は?」

「どうもなにも、なんも変わらんが」


 バリスは相手にすると調子に乗るから、適当に答えてそのまま通過する。


 が、バリスは何故か俺の横に並んでついてくる。


「学院はいいぞ、レオ。若者が切磋琢磨する空気は、こっちまでやる気にさせてくれる」

「ああそう。良かったな」

「おい、そんな素っ気なくしていいのか?」


 バリスが俺の肩を掴んだ。ガシッと。思わずよろける。体格差考えろよ……


「学院は軍の施設だってこと知ってるよな?」

「さすがの俺でも知ってるわ!!」


 俺のことどんだけバカにしてんだよこの筋肉バカ!!


「んじゃあその軍のトップって知ってるか?」

「あ」


 ドヤ顔のバリスが、何を言いたいかわかった。


「『金獅子の魔術師』サマは、学院にいる間オレの部下って事だよな?ザマァ!!」


「ウザッ」


 あまりのウザさに思わず顔面にパンチを叩きこんだ。が、それは軽く受け止められてしまった。


「おい、上官に手ェ出したらどうなるかわかってるよな?」

「グギギギギッ」


 盛大に歯軋りしてやった。


「まあ、そんな事より、魔力がアリくらいしかないお前にアドバイスだ」

「いらねぇ」

「うるさい聞け!学院は完全実力主義だ。しかもプライドが高く、手のつけられないような奴ばかりだ。せいぜい喰われないようにな!!」


 アッハッハっ、と声高らかに笑い、バリスは去っていった。


「んだよ、あのゴリラ野郎」

「恐ろしい人間です」


 ピニョはバリスが苦手で、ずっと俺の後ろに隠れていた。なんでも暑苦しい男が嫌いだそうだ。


 廊下に立ち尽くし、バリスを見送る俺とピニョ。


 俺たちを見やるいくつもの視線。


「あいつ、野良のくせにバリス様と親しくしやがって」

「つか知ってるか?あいつとうとう宿舎追い出されたらしいぜ」

「ヤバっ!野良だし、役に立たないって切られたんじゃね?」


 なんてコソコソと話している。丸聞こえ過ぎて、逆に怒る気にもならない。


「所詮、おれら学院卒の正規魔術師に、野良は勝てねぇんだよ」


 誰かが言った。


 俺は思う。


 正規だ野良だと言っているお前ら、自分の階級をもっかい見直しやがれ、と。


「レオ様……」

「行こう、ピニョ」

「はいです」


 俺は耳を塞ぐ。聞こえないフリだ。


 そしてすれ違い様に、そっと足を引っ掛けてやった。


「っおわぁ!?」


 見事にすっ転んだそいつは、何事かとあたりを見回している。


「レオ様さすがです」

「しょーもねぇ仕返しだけどな」


 俺は確かにクズで、いつもピニョを困らせたり、世間様に多大なご迷惑をお掛けしている事に間違いはない。


 だが、俺の力は本物であり、それはちゃんと、努力して手に入れたものだ。


 学院卒の正規がどうとか、野良がどうとか、そんな事にこだわって努力をしない奴に、俺が負けるわけがない。


 こうなったら、正規だとかなんとかふんぞり返る魔術師のプライドを、俺がへし折ってくれるわ!!


 そんで俺が本来の階級を取り戻した暁には、学院卒の魔術師全員土下座させてやる。









 なんてクズな俺は考えていたが、これから始まる学院での生活は、思ったより厳しかった。


 なんせ俺、魔力封じられていたからな。

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