第6話 魔術師養成機関③



 バリスは26歳にして魔術師協会の特級魔術師と認められた。歴代最年少昇進だった。


 そして、その翌年には軍部のトップが引退した事で、その席を譲り受けた。


 現在28歳。協会には、多くの魔術師が在籍しているが、一級以上に二十代のものはいない。


 『金獅子の魔術師』を除いて、だが。


 レオンハルトとの出会いは24歳の頃だった。


 ザルサスが連れてきたその少年は、キザな金髪に蒼い目のイケすかないガキだった。


 学院卒の魔術師は、大抵二十歳前で協会に入るが、野良魔術師は師匠の許しと実力があれば入る事ができる。


 ただ、その師匠の力量によるところが大きい野良魔術師は、学院卒の魔術師に大きく劣ると言われている。


 レオはザルサスの弟子という事だったが、正規主義の協会はその生意気な眼をした少年をなかなか認めようとしなかった。


 協会上層部で、レオの協会入りと、階級の設定で大いに揉めたらしい。


 そんなある日、それは起こった。


 バリスが任務から帰ると、協会本部の広いロビーに人だかりができていた。


「どうした、何があった?」


 バリスはその時二級に上がったところだったが、それなりに知名度があった。バリスが声をかけると、誰ともなく答えてくれる。


「バリスさん、それが、あの少年が一級魔術師のダスティと揉めてるんです」

「ダスティ?」


 一級魔術師のダスティは、三十代後半の気のいい男だ。誰にでも優しく、正規も野良も分け隔てなく接する善良な魔術師。バリスも良くしてもらっていた。


「少年って、」


 他の魔術師が指し示す方向、円形に囲まれたその中心で、ダスティが金色の髪の少年と向かい合っていた。


 確かに何事か揉めているようで、ダスティの興奮した叱責の声が僅かに聞こえ、少年は俯いたまま動かない。


 バリスは少し前に見知っていたその少年が、何かしたのかとハラハラし、しかし自分より階級が上のダスティに意見しても良いものかと悩んだ。


「バリスさん、止めた方がいいですかね」

「今ここに、バリスさんより上の階級がいないんです」


 そう言う他の魔術師に促されるように、また、バリス自身責任感の強い性格をしていたこともあり、そっと円の中心へ向かって進み出す。


 あと少し、と言う時だった。


 ダスティがついに、少年に手を挙げたのだ。パシィンと子気味の良い乾いた音が、一際ロビーに静寂をもたらす。


 遅かった。バリスは少し歩みを早める。


 が、はたと気が付いて歩を止めた。それは後に特級魔術師へと上がる実力を示していたのかもしれないが、わずかに魔力のうねりを感じた。ほかの者たちは気付いていない。


 なんだ?と、意識を周囲に向ける。


「〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん:雷双破〉」


 少年の少し高い声。紡がれた詠唱は、雷系統の一級魔術だ。それは不気味な黒い稲妻だった。バチバチと魔力を纏って爆け、ダスティを串刺しにした。


 いや、串刺しにしたのは床のみだった。腰を抜かしたダスティを、うまくかわして落ちた稲妻は、ロビーの床に深々といくつかの亀裂を残して消えた。


 その魔術の威力が大きすぎたのか、建物内の魔力を利用して発電するライトが全て消えた程だった。


 薄暗くなった室内、誰も声すら出せずに立ち尽くす。


 暫くの静寂。一番に我に帰ったのはバリスだ。そして、あと数歩前に出ていたら巻き込まれていたと理解する。


「おっさん」


 少年が声を発した。


「俺のコイン、拾ってくれるよな?」


 コイン?と、バリスが床を見れば、ダスティの足元に、確かに一枚のコインが落ちていた。それは価値としては一番小さい銅貨だった。


「ヒイイイイイッ」


 ダスティは声にならない悲鳴をあげ、慌てて立ち上がるとその場から逃げるように消えた。


「お、お前…」

「なんだ?」


 少年の蒼い眼が、バリスを射抜く。


 スッと視線を逸らし、少年はコインを拾った。


 まるで何事も無かったかのように、その場を後にする。


 すれ違い様に、バリスは確かに聞いた。


 『実力差もわからないクソが。殺してやればよかった』と、呟いているのを。


 その件があってすぐに、レオは一級魔術師としてライセンスを発行された。ダスティが協会を辞め、一級に空席が出来た為だ。


 暫くして、あの時はなんであんなにキレてたんだ?と聞いたが、レオは「あー、なんだっけ?忘れちゃった」と答え、真相はよくわからなかった。


 そんな出会いをして、かれこれ四年経った。その四年間で、あれ程強烈な魔術を未だ見たことはない。


 四年の間に、レオはさらにクズになったなと、バリスは思う。危ない奴だとは思っていたが、最近はただのクズだ。


 噂では闇賭博や、任務で奪った魔術用品を横流ししているなんてのも聞く。口が悪いだけならそれでいいが、さすがに協会も黙っていられなくなったようだった。


 だから、この際と学院に入れられるのも肯ける。これで少しは大人しくなるだろうと、ザルサスも胸を撫で下ろしていた。


 が、そんな簡単な話ではないのかもしれない。


 バリスはレオの協会ライセンスをもう一度確認した。


 レオ本人はいらないと言っていたが、このライセンスカードには、何か重要な事が隠されている気がしてならない。


 個人情報が全て記録されているカードだ。これ一枚で、金の管理や任務記録など、全てが確認可能。そんな大事なカードに、階級の印字ミスがあるだろうか?


 バリスは頭で考えるより、直感を信じるタイプだった。その直感のおかげで、今まで多くの危機を乗り越えることができた。特級に上がれたのも、そんな直感のおかげだと考えている。


 そのバリスの直感が言うのだ。


 これは、絶対におかしい。


 そもそも特級魔術師のライセンスを剥奪してまで、学院に入れる必要があったのか?


 素行が悪いというなら、なにも面倒な準備をしてまで学院に入れなくても、ほかにやりようはいくらでもある気がする。


 ともかく、と、バリスはため息を吐き出した。


 このライセンスカードは調べる必要がある。そして、ザルサスが言っていた、上の指示というのも気になる。


 やる事は山積みだ。


 もっとも大きな懸念は、他でもないレオが学院を破壊しないか、だが。


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