第6話 愚痴には正論を

「そっかぁ……、中邑さんはトクレイ特例子会社に行ってるとは……さすがですね」

「やっぱり特例子会社は条件、いいですよ。家賃なんかほとんど補助だし……。でも、体調はよくないですけどね」


 ぼく達は事業所に通所していた帰りによく立ち寄っていた、安ファミレスに入って、久しぶりに赤ワインデカンタを交わした。


 中邑氏はぼくと同じ双極性障害を抱えていながら通所していた仲間で、若いメンバーの面倒をよくみていたり、誰でも分け隔てなく接する好青年だった。大きい面接のある時なんか、頼み込んで、面接の練習に付き合ってくれたこともあったことをぼくはよく覚えている。お世話になったものだ。ぼくが退所してから、事業所から離れた場所の企業に就職したとは聞いていて、それ以来会うのは初めてだ。


「なんと言っても、いちばんびっくりしたのは彩華さんですよね」

 そう言って彼は笑った。「トーカさんの担当だって、聞きましたよ」

「いや、本当に……ね」

 今、面談を終えてきたばかりだと話すと、中邑氏も別の面談があり、事業所にいるのを見かけたのだという。

「トーカさんとよく話してたじゃないですか。なのに、いきなりセンター辞めてびっくりしましたよね。もうあの時点で、支援員の研修とかやってたんですよね……」

「まさか俺の担当になるとは……。ははは」

「まだ、好きなんでしょう?」

「まあ……ね」

 ぼくは否定はしなかった。

「どうしようもなく手が届かない距離にいたひとなのに、今は手が届く距離だと思えば、別の次元にいる存在になったような気がする。」

「でしょうね……」


 当然、話は仕事の話題になった。

 みすゞさん彩華支援員には仕事として愚痴を聞いてもらったけれど、酒の勢いで中邑氏にまでぶちまけるようなことはしないようにつとめて、仕事の話をした。


「雑用って言ったらアレですけど、なんでも屋みたいな部署ってとこですか?」

「……そう。誰かがやらなきゃいけない仕事だってのはわかってるんだけど」


「なんでそれを、障害者が引き受けなきゃいけないのか、ってことですよね」

「……少なくとも、ウチはそういうシステムになってる」


「トーカさん……。 こう言っていいのかどうか、わからないけど、言ってもいいですか?」

「あ……ああ、うん、何?」

「会社が、働けない、これまで働く場所がなかった障害者のために職を提供してるって、立派なことじゃないですか?」


 それは……、彼の口からは聞きたくはないことだった。


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