第7話 愚痴にはパンチを!!

「会社が、働けない、これまで働く場所がなかった障害者のために職を提供してるって、立派なことじゃないですか」


「なんだと、何言ってるんだ?」

 ぼくは、いや、俺は頬がぴくっと引きつった。

「……現実の話ですよ。そういう、……障害者に対する制度がなかったら、家にいるしかなかったかもしれないってことですよ。引きこもってるしかなかったかもしれないってことですよ……」


「だとしたら、職を提供さえしてれば、立派だって言うのか。何をやらせてようが……」

「仕事させてもらえるだけ、ましってことですよ」


 俺はおし黙り、しばし考え込む。

「……トーカさんとこはまた違うかもしれないですけど、ぼくのとこは、一般の会社とはまた違うんですよ。特例子会社だから。基本、障害者じゃないですか。いろんな人がいっぱい集まるんですよ。……ぼくだって見てきてるんですよ。障害者って精神障害だけじゃないじゃないですか。知的障害、身体障害、あるじゃないですか。精神障害だけが障害者じゃないんですよ……」


 俺はため息をついて、デキャンタに残っているワインをグラスに注いで一気にあおった。


「俺はさ……、いま、宅急便のラベル貼りをやってるのさ」

「法律事務所ですよね?」

「ああ……。1か月、くる日も、くる日も、宅急便のラベル貼りを」

「……それだって、大事な、仕事じゃないですか」


「……そう、そう考えることで、なんとかやってるさ。『誰かがやらなきゃならない』ってな……。誰かがやらなきゃいけないことを、これは光栄なことだ、すげえことだってさあ……」


 でも。

「みんなが納得してるから、そうやって、自分を納得させなきゃいけないのか?」

「ぼくは……」

「俺は1か月、ラベル貼りとゆうパックの梱包をやってきた。2か月やれば、俺は納得のか?3か月だろうか……?納得するって、なんだよ。ということか? 、ってことか? 俺にはわからねえよ……」


「だったら」

 中邑が強い口調で言った。

「そんなもん、取らなきゃいい」

「なんだと?」

「持ってるんでしょう?手帳」

「て……、」

「障害者手帳ですよ!」


 まちがいなく、それは俺のスーツの内ポケットに入れてあるものだった。


「トーカさん、そんなものを、後生大事に、肌身離さず持ち歩いておきながら、」

 おきながら。

「都合の良い時は、」

 良い時は。

「障害者です、ってツラして」

 ツラをして。


「都合が悪くなったら、健常者扱いしろって、随分、虫が良い話ですよねぇ!」

「……ッ!!」

 この野郎……。


「捨てられます?」

 さらに続けてくる……。

「え……」

「そんな、ウダウダ言ってるなら、今すぐ、ここでその手帳、焼き捨て

れば良い。トーカさんは晴れて健常者だ。会社にも、手帳は役所に返還したので、健常者として再雇用してもらえばいい」

「そ、それは……」

「できないんですか!? なんで!?」


 明らかに、中邑……は、くだらないモノを、見下すような目で、言う。口元は笑っていた。


「まさか、とか、からとか、」


 とか。

「眠たいこと言ってんじゃないでしょうね!?」


 返す言葉もなく、俺は彼の目を見ることができなかった。


 絞り出すように、ふと、思いついたことが口に出た。

「世の中には……」

「あ?」

「世の中には、障害者と、健常者しか、いないのか……」

 いないのか……?


 ただのつぶやき、ツイートでしかなかった。

「知らねェーよ」


 彼は席を立とうとしていた。

「自分が選んだことだろ。手帳持ってるのも。そういう会社に入ったのも。納得がいかねえのは、トーカさん、あんた自身が、納得のいくことをしていないからだ。それだけだ」


 最後になぞのようなことを言って、あの中邑さんは店を出て行った。

「あの人は、焼き捨てましたよ。トーカさん」


 あの人って……。

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