第二話 障害者には障害者を

 ある日の土曜日。俺はかつて就職面で世話になっていた障害者就労移行支援事業所「オアシス」にいた。


 通所している利用者は皆、帰った時間帯。センターにいるのは数人のスタッフのみである。

 通された面談室で、コンビニで買ってきたアイスコーヒーを口にしながら、窓の外の景色を見ていた。

 そんな俺には一切関心がないのだろうか。面談に来たにもかかわらず、テーブルを挟んで何も話さず、PCのキーを叩き続けているのが、俺の定着支援員のみすゞさんである。


 みすゞさんについては、少し説明をしなければならない。


 かつて俺、トーカとみすゞさんはここ、障害者が就職を目指して、面接のトレーニングやビジネスマナーやなんかを訓練する「障害者就労移行支援事業所」である「オアシス」の訓練生だった。ほとんど毎日、通所して、模擬面接やExcelの練習なんかをやっていた。


 障害者の就労移行支援事業所なのだから、彼女も当然障害を有している。それが何か、直接聞いたことはないけれど、間接的には、発達障害の一種だと聞いている。アスペルガーだとか、なんとか。


 詳しくもないので、偏見があるわけではないが、なるほど彼女は性格的に極端な一面を見ることができた。よく言われることではあるが、「発達障害を持つ人は、こだわりが強い」というような、まさにその通りだなと思わせるようなことである。


 人との関わりにおいて、彼女は一切柔軟性を有しなかった。それはセンターのルール「通所メンバー同士は交流してはならない」という規律を、どういう心からなのかわからないけれど、絶対的に守り抜いた。そこに「守り抜こう」という強い意志があったのか、知らない。


 俺たちは就職が決まって卒業するメンバーが出れば、送別会もやった。ザンザン暑い夏には、メンバー同士でビアガーデンでバーベキューをやりながら飲んだりもした。センターの帰りには、ファミレスで安ワインを飲みながら障害について意見を戦わせることもあった。


 そう言った交流には、彼女は一切、一切参加する心を持ち合わせていなかった。俺は一度、あるメンバーの送別会に誘ったことがある。その時は「私はメンバーの方とはセンターの外では交流をしません。決まりですので」と断言され、平常な顔で、当たり前のように拒絶するたいそう驚き、気にしたものである。


 人に聞いても、「ああ、彼女はいつもそうだ」と言われた。

 ある人などは、「帰り道で声をかけただけで、走って逃げられた」という。


 そんな話を聞いたり、言われたりして、俺は彼女のことを気にかけるようになっていた。彼女も就職をするだろう。就職をすれば、歓迎会や、なんやと誘われることもあるだろう。

 そんな時、その調子でいたならば、周りの人を傷つけることにもなるんじゃないか、と。

 彼女の心は、俺にはよくわからなかった。


 そして俺も彼女を傷つけていることがあるのではないかと、悩みもしたものだった。



 しかし、センターに通所している間だけは(本当に、センターの中に限っては)、彼女と交流を持つことができたものだった。


 俺は休憩時間や、メンバ同士で交流を持つことができる時間(そういう時間が、ある曜日には設けられていた)には、たいてい本を読んでいた。

 詩集が多かった。


 啄木とか。ランボォとか。いつものように通所している友人、仲間と話しながら文庫本をめくって、「今日は何読んでるんだ」「寺山修司だよ」というような話をしていると、そのころは意識もしていなかった同じテーブルにいた女性が、「寺山修司なら、私も大好きです」と言った。


 それが彼女、彩華さんとの初めての会話だった。


 詩や文学についてセンター内で色々話した。なかでも、特に趣味があったのが、金子みすゞだった。特にどちらかが薦めたり、薦められたりしたわけじゃない。お互いが金子みすゞに想い入れがあったのだった。


 いつからか俺は彼女のことをみすゞさんと、呼びはしないけれどそういう名前で意識するようになった。



 僕とみすゞと就労支援が続くと思っていたけれど、ここ、オアシスに通所しているなかで僕はある事件に巻き込まれて入院することになった。退院すると、彼女はオアシスから姿を消していた。


 俺はこれは今生の別れになるだろうなと思った。


 しかし俺と彼女は信じられない再会をした。


 俺がオアシスを通じて就職した法律事務所に、突如彼女が現れた時はとても驚いた。当時の支援員から、「彼女がトーカさんの新しい担当です」と言われた。彼女は誰に言うでもなく、障害者の身でありながら、障害者支援員となっていたのである。


 




 








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