拾肆――スーパー・ヒーロー

 * * *

 轟音が空に響き渡ってから少し経ったその刻。

 門田町のとある農家の大きなトラックに男が飛び乗った。

「爺ちゃん! サンキューな! なるべく壊さないようにして返すわ!!」

「まず壊すな!!」

「そんときゃ修理代はこっちから出すよ!! 今は急ぎだ! ワリィ!」

「――ったく、お口だけはいつも達者だな! お前じゃなけりゃぁ貸してねぇ!」

「はは、そいつはありがてぇ!」

 冗談めかして笑いながらキーを回し、慣れた手つきで半クラッチを行う。

 荷台では大量の藁に戯れて異形頭がはしゃいでいる。

「掴まれ、カメラ! ぶっ飛ばすぞ!」

 慌てて異形頭が荷台の縁に手をかけた瞬間タイヤに物凄い音を吐かせながらトラックが急発進を行った。

 白い煙をかき分けトラックがガタ言わせながら道路を爆走していく。

 エンジンをかけてから少し経った頃、トラックのオーディオから大野雄二の『スーパー・ヒーロー』が流れる。このトラックの持ち主はこの曲が余程気に入っているのか一曲リピートがかけてある。――それか解除方法を知らないかのどちらかである。

 直後、煙草を深く飲んでハンドルを切った。

 中途半端な茶髪に無精髭、の瞳。

 その目は空に急遽現れた爆発に注視していた。

 距離はそんなに遠くない。――今から彼らはその爆炎に巻き込まれたであろう人影を助けに行く。

「とある伝手」から聞いた「とある情報」が彼の背中を押していたのは言うまでもない。そいつは怖い位に何でも知っている。

 また、後ろにいる異形頭も大事だ。友人たる彼の恩人は何としても助けねばならぬ。その気概だけで今アクセルを踏んでいる。

 ――金にがめつい男ではあったがその身が受けた恩義は大事にする男だ。加えて自身の職業柄、「信頼」には人一倍の手間をかけている。

「待ってろよ、神風……」


「誰の仕業かは知らんがな、俺の汚名は俺が雪ぐ」


「てめぇの命は預かった」


 煙を吐いたトラックの運転手。

 明治街の情報屋、小沢怜、その人である。


「レトロカメラ! 『怪異課』に連絡は取ってるか!」

 ちらりと見た後方、親指をぐっと突き立てたカメラはド真面目に大空に向かってモールス信号を刻んでいた。

 その信号機はどこから出て来た。

「……そっちじゃないしそうじゃない」

 途端にがっくしと肩を落とす。――忘れていた、こいつには口が無い。

 スピードやハンドルに気を付けながら助手席に置いておいた無線機に手を伸ばす。

「サイジョウ、マツシロ! 聞こえるか!」

〔れ、怜!?〕

「いい加減敬称を付けろ、サイジョウ」

 その瞬間マツシロが無線を代わる。

〔怜さんですか、どうしてこの無線を……〕

「その話は後だ、アンタらのとこの長は今どんな状況だ」

〔え。本当に今どこですか〕

「良いから早く! 人を殺すつもりか!」

 ちょっとだけ沈黙が走った。

〔上空にて戦闘をしていましたが、一分程前に戦況変化。一時はこちらの勝利に思われましたが黒魔術師の閃光によって危機に立たされています〕

「具体的には」

〔上空をフウさん含めて四人の人が飛行していました。そこに閃光がぶつかって爆発、今はフウさん以外全員気絶してます〕

「辛うじて全員もってる感じか」

〔霊力切れも待ったなしです〕

「マズイな」

〔更に嫌な事にはその黒魔術師がフウさんに対してちょっかい出してるんですよ〕

「……なるほどな」

 状況が兎に角最悪だという事だけは分かった。

「所でお前達が避難誘導をしたのはどこだ」

〔商店街一帯ですが……〕

「そこにトラック突っ込んでっても問題は無いか」

〔な、何する気ですか!?〕

「助けに来た」

〔……!〕

「切符だけは切らないでくれよ」

〔切ります〕

「へへ、そりゃ手厳しいな」

〔……フウさんが助からなかったらの話です〕

「そりゃ頑張らなくちゃだな。上手く誘導頼むぜ、本当に突っ込むからな!!」

 そこで通信を切る。

 とその瞬間。

 遠方、真正面に人影が見える。

 ゆったりと構えてはいるがその姿には何か威厳がある。

 手には、

「お出ましか」

 聞いた情報通り自身とそっくりなその容姿に少し眩暈がする。

 それでいくつの悪行を働いたか知れぬのだ。

 爆速で突っ込んでくるトラックを視認した途端、そいつは巨大な斧を構えてこちらに突っ込んできた。

 十数キロ、下手すれば何十キロもありそうなその斧を軽々と持ち上げるその姿に驚いて慌てて角を曲がる。

 しかしやられた、これでは商店街から遠のくばかりだ。

 どうにか撒こうと出来る範囲でスピードを上げるがしつこく追いかけ、斧を振るってくる。――厄介極まりない。これでは間に合わない。

「クソッ!!」

 その時だ。

 今度は怜の無線に通信が入った。

〔れいれいさん! れいれいさん! 聞こえますか!〕

 そのあどけない声にぎょっとして慌てて通信機を取る。

「おーちゃんか!」

〔れいれいさん!!〕

 嬉しそうな声がぱっと花咲く。

 小畑千恵――自身の住んでいるマンションにちょくちょく遊びに来る十八かそこらの少女だ。

 彼女はあの大輝が長をしている犯罪予備防止委員会の紅一点でもある。

「どうしてこの無線を」

 自分で言いながら先程のマツシロの心境を察する。

〔古川先輩にはっく? とかいうのをしてもらったんです! 凄い! 本当に聞こえてる!!〕

 副委員長の名が出た。天才ハッカーだ。妙技に舌を巻く。

「それで? 何の!」

 左から斧が見え、仰天。

 角を慌てて曲がる。

 しつこい!

〔はい! 何でしょう!〕

「わり、何の御用だ!」

〔あ、そうでした。委員長から伝言です!〕

「伝言?」

〔はい、工作が上手くいったから見においでって〕

 その真意を急に悟りニヤリと笑む。

「……どこだ」

〔有平地区分かりますか。そこの……〕

 一通り説明を聞き、了解とだけ言って通信を切った。

「とんだ先見の明だ!」

 ギアを一段上げて人通りの少ない路地に入っていく。

 戦斧の男が屋根を伝って追ってきた。


「来たか?」

「あ! 来ました!!」

「へいへーい。ぶっ飛ばしてやるよ」

「おーい! こっちですぅ! 見て下さい、このうさちゃん、私が描いたんです!!」

 指示された有平地区の空き地は委員長を除いた六名のメンバーが陣取っていた。

 そんな彼らのド真ん中にカーレースゲームよろしくの仰々しい「ジャンプ台」がある。

 構成員の一人、竹下海生が無線を取った。

〔百二十キロをキープして。商店街近くの道までショートカットする〕

「戦斧構えたストーカーが居るんだが」

〔修平がぶっ飛ばしたくて仕方ないって顔してる〕

「……ぴよちゃんか?」

〔罠特化型えりーとぴよちゃんずだ!!〕

「ははは、そりゃ頼もしいな」

 割り込んできた興奮気味の声に苦笑い。

 このネーミングセンスだけはどうにかした方が良いだろう。

「レトロカメラ、これこそしっかり掴まっとけ! 空飛ぶぞ!!」

 口があったら「ひえ!」とか言いそうな顔をして荷台に這いつくばる。

 その後方から勝負をかけようと戦斧の男が速度を上げて迫ってきた。

 しかし慌ててはいけない。先方からは百二十キロとの指示だ。

「来る!」

「各員配置につけ! ぴよちゃんに突かれたくなかったらな!」

 恐怖を出来る限り抑えてジャンプ台に乗る。

 ――この先は大きな千田川が横切っており、その直ぐ向こう側が商店街入り口に当たる。先程遮られていけなかった道を含めて考えても距離的にはここを突っ切るのが一番早いのだが如何せん橋が無い。

 その橋代わりをこれで補ってしまおうというのである。全ては情報屋の腕頼みの無茶苦茶な作戦だ。

 しかしトラックは指示された通り、そして彼らが予想した通りの進路を取って無事対岸に着く。

 成功だ。

 その直ぐ後をさせまいと戦斧の男が追おうとする。

「させん! いけ! ぴよちゃーん!!」

 副委員長が何やら四角い箱型の機械のボタンをぽちっとプッシュする。

 直後彼の男の周りをダイナマイトよろしくの爆破が駆け抜ける。

 予想外の威力に思わず怯む。

「それ! 確保なりー!!」

 大興奮の様子の副委員長の指示に従って大の男二人と千恵が男の元へ向かう。彼らはその委員会の中でも腕っぷしに自信のある者達である。

 左右から次いで繰り出される拳、蹴りの連続に遂に戦斧の男が折れた。

 青い人魂になって空に姿を消す。

「我々の勝利なりー!」

「ケーキバイキングを奢ってもらいましょー!!」

 一人は撒けた。後はもう一人である。

 後方から聞こえた嬉しそうな声からそれを察した。


 対岸に何とか着いたトラックは濃いブレーキ痕をコンビニ駐車場に描きながら商店街の方に進路を立て直していく。

「怜さん!?」

「本当に突っ込んできたぞ、あいつ」

 予想外の場所から現れたトラックに怪異課の二人が立ち上がる。彼女達は周辺の住民をコンビニ近くに避難させていた。

 ここまで来ればあちらの様子もよく見える。

 フウの霊力切れを狙って黒魔術師であろう男が彼女らにしつこく纏わりついている。彼女は高度を何とか保ちながら、三人を抱えながら、風でそいつを追い払いながらを繰り返している。――しかも抱えているその三人は誰も彼も子どもではないか!

 ここからトラックを走らせても彼女の助けにはならない。

 ならばこちらが手を下すしか道は無いだろう。

 何とか止まったトラックから大声を張り上げる。

「おい、サイジョウ、マツシロ!!」

「はっ、はい!」

「さっき戦況変化があったっつったな!?」

「はい! 確かに!!」

「それ、詳しく!」


 ――、――。


「分かったか、レトロカメラ」

 こくこく頷く。その手には写真屋が持つようなあのデカイ「ストロボライト」が握られている。

「可愛く撮ってやれ」

 またこくこく頷いた。

「もう、何十枚と撮って次現れた時に現像したの送りつけてやれ」

 もうぶんぶん頷いた。

 これで良いだろう。

 自身は「S&W:M19」――通称コンバットマグナムにマグナム弾を詰め込んでいく。

「二人とも! 何かあってからじゃ遅いからな、お前達はそこの人達を守れ!」

 六発。装填完了。

 弾が届く位置までトラックを走らせる。

 かなり低空にまで来ていた。一瞬遅れただけで誰かが死ぬ。

 その緊張感に耐えつ忍びつ、荷台に上がって構える。


「神風!」


 突然呼ばれた名前にこちらをハッと見た。

 ズドン!

 瞬間、一発、黒魔術師の前面に突き出した手を掠める。

 彼がこちらをバッと振り返った。

 狂気に満ち満ちた顔でこちらに迫って来る。

「カメラ!!」

 荷台から降りながらそう指示する。

 ――確か彼が怯む直前、物凄い光が。

 それを再現するが如く、レトロカメラが彼の目を射抜くようにストロボライトをたいた。

「ぐわ!!」

 圧倒的光量に怯んだ魔術師の体が回転する。

「チャンス!!」

 マグナムを構え、残り五発を彼に向かって撃ち込む。

 惜しくも最初の四発を黒い炎に弾かれ、最後の一発が脳天をぶち抜く前に彼は黒炎と共にその姿を消した。

「アア! フウさん!!」

 その直後絶叫がこだます。

 突如解き放たれた風神の体に物凄い量の疲労が押し寄せていた。

 彼女の体のバランスが崩れる。

「あいつ!!」

 急いで車に乗り込む。

 急発進を再度して彼女の元へ駆け抜けた。

 戦いを重ねる中で彼女の体は記憶の宝石館上空より大きく外れていた。――よりによって千田川上空である。

「神風!! 落下地点変えられないか!!」

 無反応。――気絶してる!

「この野郎!! 目ぇ覚ませ!!」

 最早ここまで来てしまったらもう手は一つしかない。


「爺ちゃん、ごめん。壊すわ」


「レトロカメラ!! しっかり掴まれ!! 飛び出すぞ!!」

 後方に怒鳴った。

 後ろでがたがた震えている。

「サイジョウ、マツシロ! 浮遊とかそういうの使えるか!!」

 無線機に怒鳴る。

〔物によります〕

「トラックは!」

〔浮遊でそんなの出来るわけないじゃないですか!!〕

 怒鳴られた。――だろうな。

 しかし時間が無い。

「代替案!!」

 予定ポイント、即ち川へ飛び出す場所までもう間もなくだ。

 絶叫した。

〔結界をさっきみたいなジャンプ台にしちゃえば!?〕

 ふとサイジョウが飛び込んできた。

「「それだ!!」」

〔そちらに向かいます!〕


 タイヤが唸りをあげる。

 向こうから二人も合流した。


「突っ込むぞ!!」

「やってやる!」

「フウさんを頼みました……!」

 二人が魔法陣を、先程の委員会のジャンプ台を参考に組む。

 そこに百二十キロで突っ込む。


「「「飛べえええええええ!!」」」


 アクセル踏みっぱなしで空に飛び出した!

 そこに丁度よく四人の体が柔らかな藁の中に収まる……!

 ――が、それが進路を少しずらした。

 予定よりも落下地点が手前にずれる。

 その下にあるのはゴツイ岩々である。

「ヤベッ!!」

「怜さん!!」

 マツシロの絶叫がこだます。


 ――と、その瞬間トラックが未知の浮力によって持ち上がる。

 ふと予感がして後方を見やる。


 傷だらけの手が淡く発光している。

 目を見開く。


 その人だった。


 対岸に二度目の着陸。

 勢いよく陸を捉えたトラックが遂にガタガタ言い始める。

「コナクソ――!!」

 ギャギャギャギャ!!

 悲鳴をあげながらトラックが最後の力を振り絞る。


 落下地点、有平地区の空き地。土を抉り、何メートルか進んだ後にトラック絶命。

 その代わり六人の命がここに救われた。


 * * *


 情報屋は神の体を抱き起し、微笑を浮かべた。


「お前に真逆救われることになるとはな」


「ヒーローは遅れて来るもんさ」


 丁度よく『スーパー・ヒーロー』の曲が終わる。


「救助費、百万円」


「煩い、馬鹿」


 安堵に浮かべた涙を隠すように情報屋の胸に自身の顔を埋めた。


(つづく)

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